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専門家に聞いてみた!

岡安直比さんWWFジャパン 自然保護室長

世界的な環境保護団体WWF(世界自然保護基金)は、エコロジカル・フットプリントを使って地球の生態系と人間の活動の現状を探るため、『生きている地球リポート』を発行しています。今回、WWFジャパンの自然保護室長の岡安直比さんにお話しを伺いました。もともとアフリカでゴリラの孤児院を開いていた岡安さん。エコロジカル・フットプリントの話から拡がって、これからの生命観、生活観に関わる興味深い話をお聞きすることができました。

Q: このリポートを作った意図は?

 このリポートを最初に発行したのは1998年のことです。残念ながらその後、自然の劣化や破壊は止まらず、野生動物の数が増えた地域もありますが、地球全体としては影響は深刻化するばかりです。全地球的視野で考えたときに、地球の中で人間を含めた自然が、いい環境で続いていくためには、(1)地球自体の生産力の状態と、(2)地球に与える人間活動のインパクトを把握しておく必要があります。(1)についてはliving planet index、(2)はエコロジカル・フットプリントを指標として採用しました。WWFは、この2つの指標で地球の変化を計測し、2050年までに劣化を止めて、エコロジカル・フットプリントを地球1個分以下に下げるという大きな目標を掲げています。この目標の達成のためにも、定期的に計測してリポートを発表しています。

→これまで発行された「生きている地球リポート」

Q: なぜ日本はこんなに太っているの?

 この地図を見ると、日本がとても目立っていますよね。それは国土の生産力(バイオキャパシティ)を反映させた地図になっているからです。日本の自然の生産力は、現在とても低いのです。もともとは海の幸、山の幸があり、森も水も豊かな国でしたが、(田中角栄が)列島改造論をぶちあげて、結果的に日本の自然を極限まで疲弊させてしまった。現在、日本のバイオキャパシティはひとりあたり0.7ghaしかありません。エコロジカル・フットプリントは4.4gha。残りの3.7gha分は輸入で賄っているわけですから、海外にそれだけインパクトを与えていることになります。他には韓国やイタリアなどが似たような国です。日本と逆なのは、オーストラリアです。一人ひとりのエコロジカル・フットプリントは6.6ghaなので赤い色で表現されていますが、バイオキャパシティがそれを上回っているので、この地図上では小さい面積で表現されています。カナダやロシアも同様です。WWFは日本を変えようと、メタボ・ジャパン・ダイエット作戦と呼んで活動をしています(笑)。

 なぜ、これだけ日本がメタボになってしまったかというと、過去50年間に、世界全体が、オイルショックがあったにもかかわらず、化石燃料に依存した産業構造になってしまったということです。日本や韓国などのように石油がほとんど一滴も出ないような国が、その産業構造に乗ってしまって大変な消費を行っているので、結果的にメタボになってしまっているということなのです。

Q: 日本の最大の問題は?

 無駄が多いんですよね、日本の生活は。たとえば消費されずにゴミ箱に行っている食べものが、世界中で行われている食料援助の総量と同じくらいという話があるくらいです。私はアフリカに6年くらい、ヨーロッパに7年住んでいましたが、あちらの方が、モノを大切に使うということが小さい頃から子どもたちに根付いていました。日本人は「もったいない」という感覚を本当に忘れてしまっているし、いまの子どもたちは、あまりにモノが溢れていて、それを実感するチャンスすらないのかもしれません。

 日本は少子化が進んで、子どもは少ないのだから大事に育てなければならない、ということで、生まれてからすぐに、温度が一定な温室的な空間で守って、結果的にエネルギーをものすごく浪費する生活になっています。
 人間も動物なんだから、まずカラダが育たなければならない。カラダができてから、精神が育つ。精神が育ってから社会的に育たなければならないという、3段階あるんです。この3段階を経て20歳になればちょうどいいんだという話をよくするんです。0歳から6歳までというのは、カラダが育つ時期なんだから、鍛えなければダメです。鍛えるとはどういうことかというと、とにかく刺激を受けることです。触覚なり、嗅覚なり、とにかくカラダに刺激を与えることが大事です。生まれ落ちたときは、寒いときは寒い、暑いときは暑いと、しっかりカラダが覚えるような刺激を与えてやらないと、神経がちゃんと分離しません。とにかく自然の中に放りだして、暑い、寒い、痛い、臭い、汚いといった経験をして初めて、自分が快適な場所はどこだ、ということを動物としてしっかりと手に入れるようになるわけです。今の日本の子育てを見ていると、最も手を掛けない方がいい時期に、もっとも手を掛けているという気がします。



Q: どのようなライフスタイルを目指せば良いと思いますか?

 私は映画の「3丁目の夕日」の暮らしがいいと思うんですよ(笑)。あれは、世界に応用できると思うんです。生活レベルとしては、腹八分目くらい。自分の生活に必要なものは自分で手に入れる、ということをカラダを動かしてやっていますよね。自分の生命が支えられているベースとなっているモノでも食べ物でもいいんですけど、それが手に入るときに、どういう循環で、どういう理由で、今こういうふうに手に入ったんだ、というのが、頭で考えなくても日々実践して体感しているわけです。食べ物を買ってくるのにも、スーパーの棚で集めてレジに持っていくのではなく、豆腐を買うのに、お豆腐屋さんにボールを持って行ったり。人間が動物としての本能を発揮して食べ物を手に入れるプロセスが切られていなかった。モノの流れだけでなく、そこに関わる人も見えているので、コミュニケーションも成立している。助け合わなければ生きていけなかった時代。その分、大変でしたけど。

 「3丁目の夕日」で私が一番好きなのは、日本の家屋ですね。ふすまと縁側と垣根、自然のものでゆるく仕切ってはいるけれど、風通しはいいわけですよね。みんながつながっているという世界観があったわけです。それなのに、ヨーロッパ式の密閉した家を持ちこむことによって、全て囲ってしまって、中で行われていることが見えなくなった。個人主義と言えば聞こえはいいですが、日本人のメンタリティにとっては不健康な暮らしになってしまった。そういう家は、もともと気候にあっていないわけですから、空調を入れなければ暮らせない。コミュニケーションもなくなってしまった。人間も自然の一員だという考え方も消えてなくなってしまった。今からでも、取り返す余地は十分にあるとは思いますが。

 私は、そういった生活をコンゴにいたときに疑似体験してきました。アフリカのように地に足をつけた生活をしているところは、助け合って日々の生活を送っていて、何げないことで汗をかくし、そうするとカラダも疲れる。夜になれば疲れて眠るわけで、不眠症のようなややこしいことは出てきません。
 都会の生活に慣れてしまった今の子どもたちにメッセージするのは難しいけれど、とにかく自然の中に出て欲しい。少しでも海なり山なり、自然のあるところに行って欲しいと思います。

岡安さんにとって「地球」はどんな星だと思いますか?

 やっぱり「いのちの星」ですね。そのひと言に尽きます。いくら寿命が延びても、生きてきたという実感がなければ、何のために死ぬのかもわからない。私はアフリカで野生動物たちと一緒に「生きた!」という強い実感をもらいました。「いのちの星」である地球が、「いのちの星」として存続するためには、その上で生きている全てのいのちが「生きているぞ!」と実感しなければならないと思うのです。いまの日本の暮らしには「生きている」と実感する時間があまりないんじゃないかなというのが、残念ですね。

 WWFではモデル地区事業というのを実施していて、市民団体が環境教育プログラムを組んで自然体験をしたり、学校の総合学習の時間に、たとえば珊瑚の観察を行ったり、など、そういう活動を地域と協同で行っています。まずはモデルケースを作り、地域どうしが交流をしていくことで、徐々に拡げていきたいと考えています。こうした活動を通して、「3丁目の夕日」的な生活はなんだったのか、ということを地元の人たちが思い出すチャンスを作れればと思っています。

たくさんの自然体験をしてください!
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