専門家に聞いてみた!
Q: 近年、異常気象や気象災害の規模が大きくなってきているという印象があります。
A:私は気象庁で主に予報を担当してきました。現在所属している気象協会でも予報が仕事です。50年近く予報の経験がありますが、いまから20年ちょっと前、私が30歳から40歳の時は、例えば降水量について、時間あたりの雨量で30mm、40mmの予報を出すときは勇気がいりました。当時は、1時間あたり30mmや40mmの降水量といえば、側溝があふれ、小さな川があふれ、土砂災害が起こるというイメージがありました。「このままだと警報が出るぞ、避難勧告が出る可能性もあるぞ」と考えていましたから、この予報を出すのは勇気がいったわけです。
ところが、今は時間雨量で80mmとか、時には100mmとか、そういう予測データが平気で出てくる。かつ、そういう雨量が実際に降ってしまうという状況です。つまり、私が若いときと今とでは、まず量的な見積もり自体が桁違いに変わってきています。今、一般の人でも気象現象が激しくなっている、量が多くなってきている、と感じていると思いますが、予報を仕事にしている私の印象もまったく同じです。
かつての夕立は「雨宿り」というイメージでした。雷が鳴れば、30分も雨が降れば収まるから、ちょっと雨宿りしていこうということでしたが、今は降り始めたら止まらずに、雷も伴って一晩中降り続くなんてこともあります。
ほかにも「台風一過」という言葉がありますよね。かつては台風が過ぎたら天気が良くなってくるものでした。今は、台風が過ぎても、もう一回降ってしまう。台風が来る前に降って、台風で降って、台風が過ぎてもまた降る。昔の言葉が通じなくなってきました。
雨だけではありません。例えば気温が上がっています。私は生まれが埼玉県熊谷市で、日本全国で一番暑いと言われているところです。私が子どもの頃は熊谷でも35℃を超える日は数えるほどしかありませんでしたが、今は40℃近くまで上がります。日本全国で熱中症で亡くなる人が増えています。2007年には猛暑日(35℃以上)という言葉ができました。熱中症対策で注意を喚起するために新しい言葉を作らなくてはならなくなってきたのです。
また日本でも竜巻が増えています。2005年に山形で羽越本線の列車が、2006年に宮崎県延岡市で特急「日輪」が飛ばされて横転する事故が起きたり、2010年には愛知県豊橋市で大きな竜巻が現れたりして話題になりました。竜巻に対する予測もしなければならなくなり、2010年から竜巻注意情報も出すようになりました。
温暖化が進んでくると気象の変動が激しくなり、同じ場所であっても、たくさんの雨が降ったり、砂漠のように少雨が続いたりといった極端な現象が多くなるとよく言われますが、実際に、そういう傾向になってきていると、私たちとしては考えています。
Q: 異常気象の原因と対策は?
A:異常気象の原因には自然がもたらすものと人間の活動がもたらすものがあります。たとえば17世紀には太陽活動が弱くなり気温が低い時代がありました。このような自然が原因の場合はどうにもなりません。甘んじて受け入れざるをえませんが、人類はそうした時代を乗り越えてきました。人為的な原因については、なんとかして減らすことを模索するしかないでしょう。
今(2011年)起きているタイの洪水も、自然災害と人災の2つの面があります。畑や森をつぶして工業団地にしてしまったから水が引かないというような話がありますね。都市化が進みすぎているという点では日本も同じです。都市化が進んできている中で異常気象が増えているとすれば、少しでも災害を抑えていくということ、例えば緑を増やすなどの検討をする必要があるでしょう。利用していない土地を防災上、うまく活用するなどはできることなのではないでしょうか。
地球温暖化については、温暖化していないという人もいるし、人為的かどうかなどの議論もあって、必ずしも学者の間で一致しているわけではありません。しかし、現実には氷も融けているし、現象としては危機的な状況にあると考えざるを得ません。地球にはまだまだ謎があり、疑問が解けないことはたくさんあるけれども、取り返しが付かない状態まで行ってしまったら最後です。たとえば北極の氷がなくなったら、元に戻すことはできません。そうなる前に、何かしなければならないでしょう。議論を続けながらでも良いと思うので、この異常な状態を止めるための施策が必要だろうと思います。
Q: 異常気象の時代における心構えとして必要なことは?
A:まず自然の脅威を知るということを第一に考えてほしいと思っています。いまの子どもたちはもちろん、大人たちも、自然を知らなすぎると感じます。
ある学校で、雷注意報が発表されていて、もう雷が鳴っているのにプールで授業をやっていたことがありました。それを見かけたので学校に電話して、すぐに授業をやめてもらいましたが、先生も子どもも、雷が怖いということを知らないんです。そういう常識と思えることを知らないことが、とても怖いです。
若い頃、私は富士山の測候所に勤務していました。厳しい風や雪の現場にいると、人間は本当に弱いと思えました。厳しい自然の前では私たちの命は小さな石ころよりも弱い。一方で、富士山の庁舎はそういう厳しい自然から私たちを守ってくれるものでした。自然の怖さを知った上で、人間の力で、私たちの命を自然の脅威から守ってくれる防備もできます。
コンクリートの世界で暮らしているだけでなく、山にいったり、海にいったり、自然と触れあう機会が増えることが大事だと思います。普段から自然を見ていないと、「いつもと違う」「おかしい」ということがわからない。何かあっても逃げることもできません。自分の命がギリギリの危険にさらされたときに初めて危ないと感じるようなことになってしまう。最終的に自分の身を守るのは自分ですからね。まずは自分の身を守ることから考えれば、災害の軽減につながると思います。
Q: 原因が複合的になって、予報の仕事は大変になっているのでは?
A:確かに、原因は複雑、現象も複雑になってきていますが、数値予報のような技術も進歩してきているので、それ相応の対応はできています。コンピュータによる数値予報などが確立していなかった20年以上前は、予報官の勘や経験が中心の時代でした。ところが今は、数値予報でかなりのところまで予測できるようになりました。その予測に予報官の経験や勘を加味して補足して、防災情報などを出すようになっています。もちろん、まだまだ満足がいくものではありませんが、技術の進歩は大きいと思っています。
Q: 気象予報の仕事の魅力はなんでしょうか?
A:自然を相手にする仕事。これがなんといってもいいですよね。私の場合は空を眺めて仕事になる。こんないい仕事はない(笑) 一方、社会的な面では、人の財産や命を守ることにつながる仕事だということも大きいです。今も続けて勉強している理由はここにあります。たとえば同じ雨が降るのでも、人命に関わるかどうかの判断が求められる時があります。大きな災害の時には、どんなに予報が当たっても必ず被害は出るので大喜びということはありませんが、早く判断をした結果、災害を軽減できた場合に満足感はあります。土砂崩れはあったけれども、人に被害がなかったということを聞くとほっとします。
Q: 下山さんにとって地球ってどんな星?
A:私にとっての地球は「豊かな自然と恵みをもたらしてくれる星」です。自然は怖い、それは素直に怖がりなさい。でも、その自然の中から全ての生活の糧が得られているんです。生活が楽しく、豊かに暮らせるのは地球があるからですよね。怖れがあって、初めて恵みのありがたさもわかると思います。
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