QUELLE 2013とは
2013年、日本の有人潜水調査船「しんかい6500」と支援母船「よこすか」が、約1年をかけて、深海探査を通じて生命の生息限界を探るため、世界一周の航海を行っています。プロジェクト名のQUELLE(クヴェレ)はQuest for Limit of Lifeの略語です。年間4回の探査航海(QUEST 1-4)が計画されており、3回目となるカリブ海での潜航では、しんかい6500のコックピットをインターネットでつないだ、世界初のライブ中継プロジェクトも行われる予定になっています。今回Think the Earthでは、アースリウムだけでなく、カリブ海からのインターネット中継トークイベント「宙のがっこう 〜深海編」を企画し、みなさんと共に、この夢のある航海を応援していきたいと思っています。
また、QUEST 2(ブラジル沖)から戻ってきたばかりの、QUELLE 2013プロジェクトリーダー北里洋さんと、QUEST 3の首席研究者である高井研さんに研究者としての想いを語っていただきました。
→QUELLE 2013 公式プロジェクトページ(JAMSTEC)へ
有人潜航調査船「しんかい6500」(©JAMSTEC)
「しんかい6500」の支援母船「よこすか」(©JAMSTEC)
QUEST 1 インド洋
2013年1月に神奈川県、横須賀港を出港。最初に目指したのはインド洋の中央インド洋海嶺とロドリゲス三重点でした。この海域には硫化鉄のウロコをもったスケーリーフットと呼ばれる巻き貝が生息しています。
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この航海は、スケーリーフットという鉄の鎧を着た貝が、材質の違いを作り分ける方法を理解したいというのが一つの目的です。そのためには、貝を採ってきて船上で生かして、酵素の働きなど、殻を作るメカニズムを理解するような実験を行います。日本に持って帰って調べて、きれいな硫化鉄を被る機能をもった微生物を見つけられれば、薄い硫化鉄を何かの上にコーティングさせる技術につながります。ただ、実際には帰国後一週間くらいでみなさんお亡くなりになりました(笑)。これまでの生存記録は更新したましたが、生かし続けるのは、なかなか難しい。生きていたあいだに、分析するための材料は採っているので、今はそれを解析しています(北里 洋)。
QUEST 1で採取したスケーリーフットを見学者に公開(©JAMSTEC)
QUEST 2 ブラジル沖
2013年4月から5月にかけて、南アフリカから南大西洋を横断してブラジル沖を調査。海底からの高さが5,000mを超えるリオグランデ海膨という巨大な海山や、地球内部の物質が海底に出ているサンパウロ海台の調査を行いました。
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南大西洋に有人潜水船が入ったのは初めてのことです。大きな海山があって、その上に見事な深海珊瑚が生えているのがみつかるなど、様々な発見がありました。この航海の研究目的とは外れますが、花崗岩という大陸を作る石が、海の中に、ある範囲で沈んでいることもわかりました。残念ながらプラトンが予言したアトランティス大陸ではありませんでしたが、おそらく大陸の欠片が沈んだのだろうと推測できます。昔、アフリカと南アメリカはくっついていて、パンゲアという一つの大陸でした。それが、南大西洋を作りながら、バリバリと分かれていったわけです。今回の発見によって、その過程で、なぜ大きな大陸の欠片がその場所にあるようになったのか、というメカニズムを2億年くらい前までさかのぼって説明をしなければならなくなりました。大きな大陸の欠片が沈んでいたというのは驚きだし、そのことに想いを馳せるという意味では新しいロマンだと思います(北里 洋)。
QUEST 2で発見された花崗岩(©JAMSTEC)
QUEST 3 カリブ海
2013年6月にカリブ海の英領ケイマン諸島周辺にある、世界で最も深い熱水域を調査します。ここでは、400℃を超える超臨界の熱水が湧いているといわれています。また、300万年前に南北アメリカが陸続きになったことで、海が分断されました。その後、それぞれの場所で生物がどのように進化してきたかを調べることも目的です。この航海では、潜航中の「しんかい6500」からのインターネットライブ中継も計画されています。
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深海探査を有人で行うということには意味があります。有人潜水船でしかできない作業や科学調査がありますし、なにより人が潜ることでしか得られないリアルな感動があります。今回、「しんかい6500」で潜るときに研究者たちが感じる感動を、録画映像ではなく、リアルタイムで共有したいと思っています。パイロットと研究者が乗り込む「しんかい6500」のコックピットの中から、母船である「よこすか」まで光ケーブルでつなぎ、「よこすか」から衛星を経由して日本に生中継する予定です。僕は、サイエンスは最高のエンターテインメントになると思っています。もちろん、光ケーブルが途中で切れて失敗する可能性もありますが、それも含めて深海探査の醍醐味だと思うので、このチャレンジに期待してください(高井 研)。
ニコニコ生放送でのインターネット生中継は2013年6月22日-23日にかけて行われる予定です(海況によって延期の可能性もあり)。21日には直前準備放送もあります。
QUEST 4 トンガ海溝
8月に電池交換のために一度日本に戻ったあと、10月に南太平洋のトンガ海溝・ケルマディック海溝を目指して出航します。世界で二番目に深いトンガ海溝はJAMSTECとして初めて調査する場所です。かつてJAMSTECは、世界で一番深い、マリアナ海溝・チャレンジャー海淵を調査しており、世界第一位と第二位の超深海での生態系を比較することが目的です。
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Quest4では、世界で二番目に深い海底に、どのような生物がいて、何をしているのか、特に地球の炭素循環にどのように貢献しているのかを明らかにします。トンガ海溝には地球の内部の物質(マントル物質)が露出していることがわかっています。そこで新たな化学合成生態系を発見することも目的です。また、後半では、さまざまな海山を訪れ、多様な生態系を調査します。ルイビル海山列という、海溝に沈み込む海山群に見られる生態遷移を観測します。地球が行っている壮大な実験を利用して、深海生物の生態を明らかにするのが楽しみです(北里 洋)。
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イベント終了しました
トークイベント「宙のがっこう 〜深海編」は、カリブ海上の高井研さんとの中継も成功し、深海と宇宙をつなぐ新しい科学の領域、アストロバイオロジーの話にも及び、盛況のうちに開催することができました。ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。当日の様子はUstreamのアーカイブでご覧いただくことができます。
→「宙のがっこう」Ustreamアーカイブ
深海と宇宙はつながっている!
QUELLE 2013 QUEST 3でカリブ海の洋上にいる「よこすか」、「しんかい6500」と、日本の会場をリアルタイム中継で結んでお送りする、夢のトークイベントです!
カリブ海にはQUEST3の指揮を執る高井 研さん、日本の会場には小惑星探査機「はやぶさ」の探査に関わったJAXA宇宙科学研究所の矢野 創さんとJAMSTECの和辻智郎さんをお迎えします。現場で深海と宇宙探査に関わる研究者の、生の声を通して最先端科学の驚きと感動をお伝えします!
日時 |
2013年7月1日(月) 19時30分〜21時30分(19時開場) |
場所 |
慶應義塾大学日吉キャンパス 協生館・藤原洋記念ホール |
定員 |
300名先着順 中学生(保護者同伴)以上 |
入場 |
無料 |
主催 |
慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 一般社団法人 Think the Earth |
協力 |
独立行政法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC) 独立行政法人 宇宙航空研究開発機構(JAXA) |
協賛 |
株式会社 堀場製作所 |
→申し込みフォーム
→会場アクセスマップ
→リーフレットダウンロード
プログラム 19:30-21:30
◎イントロダクション(神武直彦/上田壮一)
深海との臨場感通信実験の報告(小木哲朗)
◎はやぶさとその雛たち: 深宇宙サンプルリターン時代の到来(矢野 創)
◎生命の限界を探る世界一周大航海「QUELLE2013」とは? (和辻智郎)
◎カリブ海とのライブ中継!
カリブ海調査中の海洋調査船よこすかからコンニチワ(高井 研)
スペシャルトークセッション「深海と宇宙はつながっている!」
(高井 研/和辻智郎/矢野 創)
・「QUELLE2013」カリブ海からの最新探査報告
・宇宙観、生命観の常識が変わる!
・夢は深海から宇宙へ。土星の衛星エンケラドゥス探査構想について ほか
◎エンディング
※プログラムは変更になる場合があります。
出演者プロフィール
高井 研
(独)海洋研究開発機構 深海・地殻内生物圏研究プログラム プログラムディレクター
超好熱菌の微生物学、極限環境の微生物生態学、深海・地殻内生命圏における地球微生物学を経て、現在は地球における生命の起源・初期進化における地球微生物学および太陽系内地球外生命探査にむけた宇宙生物学を研究。
矢野 創
(独)宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 学際科学研究系助教
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 特別招聘准教授
専門分野は太陽系探査科学、宇宙塵総合研究。Leonid MAC、スターダスト、はやぶさ、イカロス、はやぶさ2、たんぽぽなど、十余りの日欧米の宇宙実験、太陽系探査プロジェクトに参画。
和辻智郎
(独)海洋研究開発機構 深海・地殻内生物圏研究プログラム 研究員
筑波大学大学院で博士の学位を取得した後、日本大学生物資源科学部のポストドクターを経てJAMSTECに入り、バクテリアと深海動物間の共生研究を行っている。専門は極限環境共生学。最近は光るキノコにこころを奪われている。
その他の出演者
小木哲朗
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 教授
神武直彦
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 准教授
上田壮一
一般社団法人Think the Earth 理事/プロデューサー
専門家に聞いてみた!
極限環境に生物の起源を探る
私たちの研究は、BIOGEOS(バイオジオス)という領域で、主に極限環境に生きる生物を対象にして、その生きざまを理解し、それが生物の進化や起源とどうつながっているかを知ることを目標にしています。
極限環境とは、たとえば海底から沸いてくる熱い水(熱水)や冷たい水(冷湧水)などがある場所です。温泉や井戸の水と違って、地球の内部から出てきている水には、メタンや硫化水素など、普通の生物だと毒になるものを含んでいます。ところが、そういう環境でもたくさんの生きものが見られます。メタンとか硫化水素を、食べものに変える微生物と共生する仕組みを持っているんです。
極端な環境は、地球史の初期の頃にごく当たり前にあった世界です。ですから、この研究を進めていくことで、初期地球の環境における生命のあり方を理解することができ、生命の起源や、初期の生命の進化の問題に迫れると思っています。
そのためには、そういった極端な場所を訪ね歩くということをしたい。これまであまり研究されていない場所、南半球の深海域や、1万メートルを超える超深海の環境に生きる生物と、その背景になっている地学的なものを理解する旅をしよう、というのがQUELLE 2013 世界一周航海の目的です。
プロジェクト名のQUELLE(クヴェレ)は私が命名しました。Quest for Limit of Lifeの略称ですが、もともとドイツ語でQUELLという言葉は、泉という意味なんです。最後にEがつくと、根源とか源泉という意味になって、ちょうど生物の起源の話につながります。元の意味と、英語でバラバラにした意味が同じになると思いついた時が、一番嬉しかったかもしれません(笑)。
常識を超える生きものとの出会い
深海研究の歴史は1840年代に遡ります。それ以前は、深海には生物はいないと思われていました。イギリスの学者が、深海には生物はいないことを証明しようとして、深海の研究をしたんですね。そしたら生きものがいた、というのが出発点です。
それ以来、深海という水圧が高く、暗く、餌がない、水温が低い環境に、生きものが棲む場所が続々と見つかるようになった。深海のイメージも、単に深い海というだけでなく、熱水が出ていたり、冷湧水があったり、深い海溝など多様な環境であることがわかってきた。生きざまも多様で、クジラが死んで海の底に落ちて、それを食べるような生きものがいるとかね。
とはいえ、深海について、今までわかっているのは1%にも満たない。残りの99%がわからない。もちろん、多くのものは今の生物の教科書の延長上で理解できますし、セントラルドグマである遺伝子を中心として様々な仕組みができているという軸は変わりません。ただ、ある環境に対して、どのような工夫をして生きているかという点では、ほとんど理解できていないと考えていいと思います。
ですから、私たちが深海を研究する楽しみの一つは、常識を超える生物と出会えることです。とんでもなく変なもの、たとえばインド洋で、スケーリーフットという硫化鉄の鎧を着ている貝みたいなのがみつかりました。今回のQUEST2、ブラジル沖でも非常識なやつが出てきたんですよ。身体の周りに単細胞生物をびっしりまとっているナマコとかね。何で!?とか思いますよね。そんなものは、やっぱり行って調べてみないとわからない。私たちの常識なんてとても浅いものかもしれないけど、その常識を超える生きものと出会える場所が深海なのです。
硫化鉄の鎧をまとう巻貝、スケーリーフット(©JAMSTEC)
発見し、機能を理解し、人間社会とつながる
研究対象に対する理解にはいくつかのレベルがあります。最初は「ここに行けばこんなのがいる」という「発見」のレベル。次は、発見された生きものが何をしているかを調べること。つまり「機能」を理解するというレベルです。機能を調べると、機能を司っている酵素や遺伝子などを理解することにつながるので、たとえば、人間の生活で役立つものが生まれる可能性がある。人間社会とのつながりが出てくるわけですね。これからの若い研究者たちの研究領域は、発見の時代から、機能を調べ、それを社会に応用する時代に変わっていくのではないでしょうか。
たとえば、応用の例として、マリアナ海溝のチャレンジャー海淵で見つかったカイコウオオソコエビという数センチの大きさのソコエビ(端脚類)があります。チャレンジャー海淵には、木くずのような、食べカスみたいなものしかない。普通であれば体内で分解することができず、餌にはできません。ところがこのソコエビは、そういうものを分解する仕組みを持っている。この機能を調べていけば、セルロースという普通なら分解できないものを、グルコースに一気に変えてしまうスーパー酵素を見つけることができる。その酵素を使えば、コンポストみたいな容器に、分解できないものを入れると分解してくれるような、ゴミ問題に役に立つものができる可能性があります。
極端な環境ほど、適応のための工夫をする生物が多く生きています。極限環境を訪ね歩く意義は、そういった思いもかけない機能をもった生きものをみつけることにもつながっているのです。
まるで、にぎり寿司のような形のカイコウオオソコエビ(©JAMSTEC)
地球の実験
今年の10月に予定されている4回目の航海は、極限環境の中でも超深海、世界で二番目に深い、トンガ海溝のホライゾン海淵の調査を行います。深さは1万850メートルです。
世界で一番深いところはチャレンジャー海淵です。1万1000メートル近い深さがある。1990年代からJAMSTECが無人探査機「かいこう」を持っていたときから調べはじめて、古い進化系統を持った生物がいることがわかっています。今回は、何千キロも離れている一番深い場所と二番目に深い場所の間で似たような生物がいるのかどうか、似たような環境があるのかどうかを調べることが目的です。
調査方法は、ランダーというカメラやセンサーが付いた簡単な装置で、計測後には泥を採って上がってくることができる、投げ込み式の装置があります。それを作って深海に投げ込みます。それはとても大変なことで、ゴルフのホールインワンよりも難しい。深さによって流れも違いますから、船の人たちの絶妙な技術がないと、ピンポイントで穴の一番深いところに行きません。船長がその海域の水の動きをよく理解していて、どこで投げればいいかを決めるのですが、なぜかうまくいくんですよ。
ランダーのカメラシステム(©JAMSTEC)
研究のひとつの方法として、ナチュラル・ラボラトリーという、地球が勝手に実験している現象をうまく使って、良い成果を上げる方法があります。たとえば、QUEST 3のカリブ海は大西洋側でしたが、300万年前にはパナマ海峡は無くて、太平洋と大西洋はつながっていました。その時は、いろんな生物の交流があったわけだから、カリブ海の熱水と、太平洋の熱水に生きている生物というのは、同じものがいたはずです。300万年前に陸ができて交流が途絶えました。そこからこの二つの場所は隔離されて、別々に進化の歴史を辿ることになりました。これはまさに地球が行っている実験ですよね。
QUEST 4にも自然の実験があって、深い海溝に海山が並んで順番に沈み込んでいるところがあります。海山の頂上は、かつては同じ深さにありました。たとえば水深2000メートルくらいのところに海山が並んでいたら、どの海山の頂上にも似たような生物が棲んでいたはずです。ところが、沈みこんでいっちゃうと、ある海山の山頂は3000メートルになり、4000メートルになり、と、生物が乗った状態で深くなっていく。そうすると、深さに耐えられない生物も出てくる。こういうことは、なかなか実験的にチェックできないのです。QUEST 4では、そうした山頂の深さが違う海山をいくつか訪ねて、何が違うかを調べようと思っています。だから4回目も「発見」が中心の旅ですね。僕は、どちらかというと「発見」が好きなんです。
未来に向けて
QUELLEの次に挑戦してみたいことは、たとえば黒海とか地中海の深海で、すごく塩分の濃い水が出てきているところとか、紅海の海底から、金属が高い濃度で溶け込んだ熱水が出てきていて、あまりにも重いから海底に溜まっている場所があります。そういったところに何がいるか、というのを調べたい。
過酷な環境なので、精密な装置を持ち込むと壊れる可能性が高いので、まずやらせてもらえません。また紅海は政治状況が極めて危険なところなので、そう簡単には行けません。こういった場所を訪ね、無人機を使って、なんとか工夫をして潜らせたいというのが次の野望です。できそうもないことをできるようにする、というのが野望ですよね。それが楽しいんです。
研究者は、人と同じことを考えていたら新しいことはできません。常に新しい場所に行き、新しいアイデアで何かをすることを夢見ている。それと、知りたいということに対して、あきらめない。自分はこれが知りたいと思ったら、どうすればそれが実現するかを考え続け、それに向かって挑戦し続ける。今回の世界一周航海にしても、やりたいと思っていても誰も航海なんか準備してくれません。だから自分たちでいろんな人を説得して、状況を作り出していくことによって実現するわけです。夢を持っているということと、あきらめないということが大事ですね。
潜航後、船に戻った直後の北里さん(©JAMSTEC)
僕は東京で育ちました。普通なら化石とは出会わない。でも父親が金属鉱山会社に勤めていたので、炭鉱に出張で行った時に、化石をもらってきてくれたんです。それから、小学校に入ったときに、小学校の先輩で第一次南極越冬隊だった人がやってきて、南極のいろんな話をしてくれて、石を見せてくれたり、触らせたりしてくれた。それはすごく面白かった。そういったいくつかのきっかけがあって、地球の歴史に関係している自然現象を研究したいと思ったんです。小さいころは、ちょっと変わった子どもだったと思います。でも先生があたたかく見守ってくれて、つぶされなかった(笑)。
今の子たちは、もっと無謀と思えるような夢を持っていいと思うんだよね。大人は足を引っぱらないで、その夢を盛り上げることが大事です。今は、人と違ったことを言ったり、考えたりするのは恥ずかしいと思ったりする傾向にあります。考え方の多様性、極端な考え方をするのは大事なことですよ。それが反社会的なことだったら問題だけれど、そうじゃないかぎりは、なんでも認めてやれる世の中であるべきだと思いますね
地球ってどんな星?
僕にとって地球は「大きくて小さい星」です。たとえば南大西洋って、横断するだけで2週間くらい、ひたすら走って、ほとんど船とも会いません。途中で巨大な低気圧に出会ったりします。日本のまわりで発生している低気圧なんか問題にならない。それこそ、大西洋全体が入っちゃうくらいの大きさの低気圧が平気でできちゃったりする。そういう時、地球はデカイなって思えます。
一方、太陽系の一員としてみると、地球は小さな星です。どこに行っても共通性のある話題を見つけることができる、手のひらサイズの星とも言えます。
今、人間の活動によって環境や生態系への攪乱が起こっています。小さな星に生きる、大きくて複雑な生態系を守っていきたいと思います。
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専門家に聞いてみた!
想像を超える未知の世界へ
我々は未知の世界に行くのが仕事です。
僕は、これまで30回以上、いろんな世界の海の底を潜っています。ある意味、世界で一番、深海の熱水を見てきた男としての自負もあるわけです。だから初めての場所であっても、潜る前に想像しているビジョンがあります。だけど、実際に行ってみたら全然違います。外国に行ったら、日本と風景が違いますよね。同じ人間が暮らしている場所で、同じ人間が作っている社会だけど、全然違う。それと同じです。
そうやって毎回、自分の想像が裏切られる光景が目の前にあるのですが、同時に、自分が今まで積み上げてきた科学的知識で、いま目の前にある映像の後ろ側にある真理が見えるような気がするんです。それは自分の常識がくつがえる瞬間で、それが楽しくて研究を続けています。
QUELLE 2013のQUEST1でインド洋に行きました。インド洋は僕自身4回目になるので、新しさはそれほど無く、科学的テーマも決まっていました。でも海況が悪くて、なかなか潜れなかった。自分は潜れなくてもいいや、と最初は思っていたんですけど、潜った人たちが、その感動を表情や言葉で表現するのを見ると、自分も行きたくて仕方がないという気持ちが沸いてきた。潜れないことが、すごく悔しかったんですよ。実は、潜るということだけでも、すごく感動を味わっていたんだな、と。今までは、どちらかというと「潜っただけじゃダメだ。そこから、新しい知を引き出さないと意味がない」と思っていたんですけど、それだけじゃなくて、人が行ったことの無い場所に行けるという楽しみが、ものすごく大きかったということに改めて気付きました。
しんかい6500に乗りこむ直前の高井さん(©JAMSTEC)
地球観、生命観の常識を覆す
そもそも、この地球が生命に満ちあふれている根本の理由は、太陽の光が当たっているからです。その太陽の光を、植物が栄養に変えてくれるおかげで、その他すべての生態系が成り立っているわけです。太陽が降り注ぎ、植物が生えて、そこに他の生物がいる。そういう生態系のイメージがあります。それは正しい。99.99%はそういうシステムの中で動いています。
ところが、太陽の光が届かない深海熱水のまわりには、地球の底から湧いてくる、いわば「惑星のエネルギー」だけで生きていける微生物がいるんです。その微生物が植物の代わりを担うことで、その周りのカニ、エビ、貝など、我々の目に見える大きな生物を生かしている。
深海の生態系。インド洋の熱水噴出孔に群がるツノナシオハラエビ(©JAMSTEC)
こうした地球自身が支えている生態系があることは、最初に熱水が発見された1977年から徐々にわかってきました。でも最初は珍しいだけで、所詮は辺境の限られた場所のできごとでしょ、と思われていた。それが、全然そんなことはなくて、そいつらが我々の祖先で、そいつらがいなかったらこの世界には結びつかなかったということがわかってきた。生命の長い歴史上、地球自身によってずっと支えられてきた下地があって、その上に太陽のエネルギーを使う生態系が乗っかっている。それが今のイメージで、これは世界観が大きく変わったということです。「我々はどこからきたのか」という崇高なる問いの解答への手がかりを与えてくれたのです。
深海から宇宙へ
さらに言えば「宇宙に生命は生まれるのか」という、もう一つの偉大な命題に対して、太陽と地球の位置関係に関わらず、惑星の内部で水と岩石さえあれば生物が生きていけることを示したこと。これが大きいんです。僕の研究の一番大事なところはこれです。「太陽から適度な距離の惑星にしか生命は生まれません」じゃなくて、岩石と水のある環境だったら、宇宙のどこでだって生命は生まれて、生きていけることが見えてきたということです。これは、ホントに生命観の根本を変える話なんです。
この考えが降りてきたとき、僕は解脱しましたね(笑)。あるとき、深海の熱水のそばで、水と岩石から得るエネルギーで生きる生物たちのことを考えていた時に、その考えが宇宙に拡がっていったんです。それは、ほんとにマンダラを感じた釈迦のような気持ちでした。仏陀の気持ちが分かった!みたいな。それを研究仲間に言うと「アホちゃう?」と言われるんですけど(笑)
地球内部の熱は、もともとは衝突のエネルギーです。地球ができるときに、惑星どうしがぶつかりあったときのエネルギーが40億年間残っている。
では地球のように内部に熱が無い星、たとえば木星の衛星のエウロパには、なぜ熱があるのか。木星などの大きな惑星の周りを、衛星が楕円軌道を描いて動くとき、母星に近いときは重力が強く働き、離れているときは重力が弱くなります。つまり母星をまわりながら、衛星の形は軟式テニスのボールが縮んだり膨らんだりするような感じになります。その収縮で岩がこすれて摩擦熱が出るのです。
つまり地球のように内部に熱が無くても、岩石でできた星が楕円軌道を描くだけで熱は出る。そこに水があれば、勝手に熱水ができる。だから、生命は宇宙のどこにだって生まれるんじゃん!ということがよくわかる。
太陽系で生命がいる可能性が最も高い、木星の衛星エウロパ
どうやって宇宙に生命を見つけるか?
宇宙の別の星に生命がいるというのは、僕の頭のなかでは半信半疑ではなくて、もう事実になっています。次の段階は量の話です。どれくらいの量の生物がいるかによって、見つけられるかどうかが決まる。たとえば、火星にいま1匹の微生物が生きていると想像してみて下さい。残念ながら、それを見つけることは不可能です。火星という大きな惑星にいる、たった1匹の微生物は、どんなに探査しても検出できません。だから、生命を見つけるには、そこが多くの生命が長く生き続けられる環境なのかを見極めなければなりません。
地球がすごいのは、生命が長く続いたということです。それが奇跡的なんです。しかも、途中で生物たちがエネルギー革命を起こしている。地球のエネルギーから太陽のエネルギーに切り替えている。これでエネルギーが1万倍に増えて、1万倍の定員になったんです。地球の場合は、このエネルギー革命が起きたから、生物が爆発的に増え、長く続くようになったと言えるわけですが、そういう原理を他に見つけることで、宇宙で生命を見つけたい。
次にテクニックです。宇宙には地球ほどの定員を持てない星はいっぱいある。そこには地球の1万分の1以下しか生物がいないかもしれない。それをいかに検出するか、そのためのテクニックを虎視眈々と磨いているのが、我々の研究活動の一つです。
たとえば湘南の海だと、1ccの海水に10億匹くらいの微生物がいます。ところが深海の水だと、1ccに1万匹になっちゃう。さらに熱水だと、10匹とか1匹になる。たった1匹の微生物が生きているとして、その微生物が何を食べているのかを見極める技術は、ほとんどありません。1匹の微生物を顕微鏡で可視化し、さらに二酸化炭素やメタンを食べているのを見極める技術の開発が重要です。
ほかにもあります。深海の岩石を、湘南海岸に落とすと、湘南海岸の10億匹の微生物がくっついちゃうわけです。無の中に1匹いることを探すよりも、めちゃくちゃ汚いノイズの中で、特定のやつを見つける方が遙かに難しい。採取したサンプルを、きれいな状態に保って調べる高い技術が必要です。
それだけじゃない。「しんかい6500」で採取した試料から現場の生命活動を知りたくても、持って帰ってくる途中、圧力が抜けた瞬間になくなっちゃうかもしれない。現場で調べる技術も重要です。そういう点で深海調査と宇宙探査は似ているんです。こうした最高のテクニックがあれば、どの星に行ったって生命を探せるはずだと思っています。
超好熱メタン生成菌 Methanopyrus kandleri 116株(©Ken Takai/JAMSTEC)
土星の衛星、エンケラドゥスへ
現在、太陽系の中で生命がいる可能性が最も高いのは木星の衛星エウロパです。岩石と氷があり、その氷の下に海があります。その海の量、広さが大きいので生命がいる可能性が高い。ただ、その海に辿り着くためには、表面から10kmの厚さの氷をぶち抜く必要があって、これは今の技術では難しいでしょう。もちろん100年後にできる可能性はありますよ。だけど、そのころ僕はいない。僕が生きているあいだにサンプルを持って帰れて、かつ生命がいる可能性が高いのは土星の衛星エンケラドゥスです。
エンケラドゥスもエウロパと同じような状況です。海は小さいですけど、エウロパと違うのは、宇宙空間に噴水のように氷の粒子や水蒸気を吹いているひび割れが、南極にあることです。そこに網でもなんでもいいから持って行って、サンプルを採ってくればいい。しかも着陸せずにフライバイという方法で、その噴水の上だけ飛べばいいわけです。それなら技術的、予算的、時間的にも可能でしょう。実際にこの研究はもう始まっていて、科学的なプロポーズもしています。いつ飛ばすかはまだ決まっていませんが、いま夢が始まったばかりの段階で、サポーターを集める運動をしています。
高井さんたちが探査の狙いを定めている、土星の衛星エンケラドゥス
子どもたちに期待すること
まずは感性を磨いて健全な精神を培ってほしい。健全な精神というのは、まっすぐで、どんなことがあっても、決意したことをやり遂げる強い意志を持てる心ですね。それと、ちょっとやそっとのことで死なない身体。そういうことを一番磨いてほしい。結局、人間が生きていく上で一番大事なのは、人間の中でどうやって生きるかということなんです。どんなにすごい能力を持っていても、どんなにすごいアイデアを持っていても、人間関係の中でつぶれる人は、最後にゴールを決めることができません。勉強なんて後からやればいい。それより、いろんなことに興味をもってほしい。本を読んだり、音楽を聴いたり、女の子を追いかけたり、部活したり、そういうことですね。それがまず第一番だと思います。
そうやって積み上げてきた子ども時代の上に、物事に感動する心があれば、必ず何かに興味が出てきて、それをやってみたいと思える時期がやってきますよね。そのときに、一生懸命努力できる人間であってほしい。そうすれば、方法論は何であれ、必ず最終目標に辿り着くことができます。
サイエンティストになりたい人に言いたいのは、好奇心を維持するためにも、長く続けられるような生き方を考えてほしい。人生ってマラソンで、サイエンスもマラソンなんですよ。どれだけ長い期間、熱意と情熱を持ち続けられるかというのが重要で、芽が出ないときは自分には才能がないんじゃないかと思ったりするんですけど、どんなにアホでも、どんなに図太い奴でも、最後まで残った奴が勝つんです。それを思っていれば、ちょっとしたことで焦ったり、プレッシャーに負けたりしないで済むんじゃないかな。
超一流の研究者というのは、すごく紳士なんです。その人たちが、若い時の僕みたいな、生意気で突っ張った、はねっかえりのやつでも「きみの考え方はいいから、がんばれ」とエンカレッジしてくれるんです。そういうことが、どれだけ僕の支えになって生きてこられたか。僕もそういう立場になりつつあります。僕のひとことで、全然知らない国の若い人たちが、もしやる気になって、新しい発見ができるのであれば、そんなに素晴らしいことはありません。
地球ってどんな星?
僕はこの問いに対して、確実に言い表せる言葉を持っています。それは「生命の多様性の星」です。単なる「生命の星」なんて、宇宙には無数にある。地球は多様な生命を持っているものすごく希有な惑星なんですよ。なぜ多様かというと、そこに多様な環境があるからです。多様なエネルギー源、多様な条件、多様な場所があるから。もう一つは、歴史が長いから。40億年間続いていること自体が、ものすごく奇跡的です。この奇跡が続いていることによって、地球は宇宙で、もしかしたら唯一かもしれない、生命の多様性に満ちあふれた星なのです。
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