10万年後も安全?
まず、今回の地球儀をご覧ください。いま世界では30カ国で原発が稼働しており、今後も10カ国以上が導入を計画しています。しかし、原発から出る高レベル放射性廃棄物の処理施設の建設が決まっているのは、フィンランドとスウェーデンのわずか2カ国しかありません。他の国では場所が決まっても計画が暗礁に乗り上げてしまったとか、日本のように公募はしていても立候補するところが現れないなど、どの国においても難しい状況が続いています。
詳しくは以下のリンクにあるリポートを読んでみてください。
→「諸外国における高レベル放射性廃棄物の処分について 2013年版」
(経済産業省資源エネルギー庁)
実際に処理施設の建設が始まっている唯一の国が、映画「100,000年後の安全」でも紹介されたフィンランドです。高レベルの放射性廃棄物が人間にとって害がなくなるためには10万年という想像を超える年月が必要です。いまの人類=ホモ・サピエンスが生まれたのが7万年前と言われています。10万年後の世界は、もしかすると人類は存在しない可能性があります。もし存在していたとしても、私たちが7万年前の人類と言葉で会話することができないのと同じように、今の「言語」が10万年後に通用するとも思えません。どのように、この負の遺産に未来の世代が触れないように安全に運営していくのか、それがこの施設建設にあたり真剣に議論されていることであり、映画のテーマの一つでもありました。
『100,000年後の安全』は映画を再構成した書籍も出版されている
基本に立ち戻ってみましょう。
電気はタービンと呼ばれる羽根車を高速に回転することで得られます。そのタービンをまわすために高温高圧の水蒸気を使います。この水蒸気を得るために、石油や石炭を燃やして作った熱を使うのが火力発電所。ウランを核分裂させてできる熱を使うのが原子力発電所です。
原料のウランには放射能はありませんが、核分裂させると、強力な放射線を発する物質(核分裂生成物)が生み出されてしまいます。この物質に近づくと、十数秒で死に至るほどの高い毒性を持っていますが、たとえばプルトニウム239の半減期は2万4,100年、プルトニウム237は214万年と、毒性がなくなるのに膨大な年月がかかるのです。
地層処分とは
さて、数万年以上の時間、強い毒性を持ち続ける高レベル放射性廃棄物をどのように処分しようとしているのでしょうか。
かつては、放射性廃棄物は海に捨てるのがあたりまえと考えられていた時代もありました。実際に低レベルの廃棄物は、日本を含め多くの国で海洋投棄が行われていました。しかし、1993年に開催されたロンドン条約(正式名称:廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約)会議で全ての放射性廃棄物の海洋投棄を原則禁止とする決議があり、現在は行われていません。
そのほか、宇宙に捨てる、極地の氷の下に捨てるなどの方法が考えられましたが、南極は南極条約によって禁止されており、宇宙は事故が起きたときの影響が大きすぎるので、今後も採用される可能性は少ないでしょう。こうしていくつかのアイデアが検討されましたが、現段階で相対的に安全な処理方法として検討されているのが地層処分です。
地層処分に話を進める前に、まず高レベルの放射性廃棄物をどのような状態にしてから処分するのでしょうか? 原子力発電所の運転中、もしくは廃炉処分をするときに放射性廃棄物が発生します。解体時に発生するコンクリートなど低レベルのものから、運転中にも出る使用済み燃料など高レベルのものまでありますが、高レベル放射性廃棄物は、長期間にわたって安定した物質であるガラスと一緒に溶かしてステンレス製の容器中に閉じ込めた「ガラス固化体」と呼ばれる形態に処理されます。
固化体にすればすぐに地層処分できるかというと、そうではありません。最初は高温のため、30年から50年の時間をかけて冷ます必要があります。日本では茨城県東海村と青森県六ヶ所村で貯蔵しています。
ガラス固化体 模式図(資源エネルギー庁資料をもとに作図)
原子力発電環境整備機構のホームページによれば2013年11月末時点で日本にあるガラス固化体の数は2,035本。全ての原子力発電所に保管されている廃棄物を再処理してガラス固化体にすると2万4,800本に相当するといいます。また、今後、日本で原子力発電所を動かし続けると年間約1,900本に相当する高レベル放射性廃棄物が出る見込みとのこと。
処分する場所すら決まっていないのに、長期にわたって毒性を発する廃棄物を出し続ける原子力発電所が「トイレのないマンション」とたとえられるのは、こういうわけなのです。さらに、廃棄物を減らすことを目的とした再処理計画(核燃料サイクル)もトラブルが相次ぎ、計画が遅れてコストも増大しています。
→超深地層研究所に行ってきました
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超深地層研究所に行ってきました
以上のように、放射性廃棄物の問題は、既に廃棄物が存在している以上、原発を推進するにしても止めるにしても、解決しなければならない大問題です。
そもそも先にトイレのことを解決してからマンションを作るべきでしょう、という話なのですが、現実にはトイレのないマンションに汚物が貯まり続けている状態になっているわけですから、今からでもトイレは作らなければならないということなのです。その研究は日本でも行われています。
地層処分のための研究は日本では北海道幌延(ほろのべ)町、岐阜県瑞浪(みずなみ)市の2ヶ所で行われています。幌延町はおもに堆積岩の地層を、瑞浪は結晶質岩(花崗岩)の地層の性質を調べ、今後、地層処分候補地が登場したときの参考とするための科学的研究を行っています。
今回、私たちは瑞浪にある超深地層研究所(独立行政法人日本原子力研究開発機構)の見学会に参加してきました。この施設がある岐阜県東濃(とうの)地域は美濃焼と呼ばれる日本有数の陶磁器の産地として知られています。
地下300メートルにある研究施設を見学することができますが、エレベーターの定員があるため、毎回24名が上限です。私たちが見学した日は22人の方が参加していました。純粋な好奇心から参加された方や、原発に反対している団体の方、推進すべきと考えている方など、それぞれの理由で参加していました。
地層処分とは、(日本では)地下300メートル以上の深さにガラス固化体を保管し、安全性を確認した後に全て埋め戻す処理のことです。埋め戻してからも放射性物質が生物に対して安全となるためには数万年という長い年月が必要です。そのため、候補地は後世の人たちが掘り当ててしまわないよう地下資源がなく、火山や自然現象の影響を受けない場所が条件です。また300メートル以上の地下は、そもそも地下水の動きが小さく、岩石が放射性物質を吸着する性質を持ち、ガラス固化体のケースであるステンレスの腐食原因となる酸素が少ないことが特徴です。
研究の第一段階は、地上から地下の様子を調べます。ボーリングによって直接穴を掘って岩石や地下水の様子を調べるほか、人工的に振動を起こして地下の構造を推定します。
第二段階は、第一段階で予測した地下の様子を、実際に掘って確かめる段階です。垂直方向の立坑や水平方向の研究坑道を掘り進めながら、岩石の状態や地下水の水質、水圧など、より詳細な観測を行います。
第三段階は、実際に地層処分を行う300メートル以上の深地下で岩石や地下水の変化を時間をかけて調べます。瑞浪では現在地下500メートルの坑道まで完成しており、第三段階の研究が進められていました。
なお、瑞浪の研究施設は地域との約束で、ここが処分場になることも、研究のための放射性廃棄物が運び込まれることもありません。あくまで地下の状況を調べることを目的とした施設です。
地下を案内していただいたのは、主任研究員で地質の研究が専門の笹尾英嗣博士です。
楽しい案内をしてくださった笹尾博士
スカフォードと呼ばれる作業用の巨大な足場、掘削時に出る岩石など(ずり)を地上に運ぶギブル、そして人間を乗せるエレベーター、それぞれを地下と地上に移動させる巻き上げ機(左から、スカフォード、ギブル、エレベーター)
立て坑の地上施設。このやぐらの製作者は三井三池製作所。かつて日本にもたくさんあった鉱山の技術が使われているが、現在、そのノウハウもなくなりつつあるという
地下へ
いよいよ300メートルの地下に向かいます。
瑞浪超深地層研究所イメージ図(東濃地科学センター・パンフレットより)
地下に降りていく狭い階段
地上から地下500メートルの穴をのぞき込む。333メートルある東京タワーをさかさまにしたよりも深い穴が掘られている。穴の直径は6.6メートル
地上と地下をつなぐエレベーター。定員は12名だが10名でも狭い。1分間に100メートルの速度。地下300メートルだと乗り降りも含めて約10分で往復できる
地下300メートルに到着
地下300メートルのレイアウトを説明した図。水平の坑道から、さらに様々な方向に水平にボーリングを行って研究を行う
横に掘られた長さ100メートルの研究坑道。左側のオレンジの管が地上から送られてくる空気の管。空気が送られているかどうかを触って確認できるようにソフトな素材でできている
岩盤の露出部分。この100メートルの区間にあった割れ目の数は1,690本、そのうち約10%の160本程度の割れ目が地下水を通していたとのこと
ボーリング箇所。地下水の水圧などを調べている。水圧は広範囲な地球環境の変化に敏感に反応することがわかっており、たとえば、2011年3月の地震の際には数メートルも水位が変化した。それ以前のスマトラ島の大地震の時にも圧力に変化が見られた
この研究施設では、岩石に関しては断層や割れ目の調査、また地下水に関しては化学的性質の変化などを、また坑道を掘ったことによる影響や、地下水が坑道に入らないような対策技術の研究、物質の移動に関する調査などを行っています。興味深かったのは、地下微生物が地下環境にどのように影響するかを知るための研究も行われていることでした。長期にわたる環境の変化を知るためには、生物が環境に及ぼす影響も無視できないためです。
候補地の公募から調査、そして実施まで。事業化されるまでに膨大な時間がかかるわけですから、一人の研究者の人生では完結することが難しいのではないか、という疑問が生まれます。現場で培った研究の成果や技術をどのように共有・継承するかを聞いてみると、
「研究をする機関(=日本原子力研究開発機構)と実施する機関(=原子力発電環境整備機構)が異なるので、実際に実施される段階にならないと、何とも言えません。この研究所の研究報告書は2014年9月にまとめられることになっています。論文や報告書での共有がまず第一です。しかし、技術は属人的な要素が大きいので、2つの機関で研究協力協定を結び、共同研究や情報交換によって若い人材のトレーニングなどもしています」とのこと。東京大学、京都大学、岡山大学、東京都市大学などの大学との連携、また民間企業との連携も行っているそうです。
日本の地層処分について、研究レベルでの現状はどうなのでしょうか?
「1999年に国が地層処分技術ワーキンググループを作って、”地層処分は可能”という結論を出しました。いま、あらためて最新の科学技術に基づいて、その結論が正しいかどうかを審議しているところです」(この件の最新情報は原子力小委員会「地層処分ワーキンググループ」や、「高レベル放射性廃棄物の処分についての日本学術会議による回答」などを参照してください)
今後、処分地はどのように決まっていくのでしょう?
「公募に応じればすぐに処分地になるわけではありません。公募の内容は、まずは地域の団体が調査をしていいですよ、ということです。その結果によって地層処分が可能かどうかを判断することになります。いま、安全性の高い地域に国から調査の申し入れをする、ということが議論されています。これまでは公募を待つ状況だったのですが、これからは国から働きかけていく可能性もあるかもしれません」
原発事故の前後の見学者の変化について、
「事故の前は、原発反対の方が来られて、地層処分の研究自体をやめろという声すらありましたが、事故後は、原発に反対されている方でも、見学をされた後に地層処分研究の必要性を理解していただく方が増えたと感じています」と仰っていたのが印象的です。科学に根ざした理性的な視点が生まれてきたとも言えるでしょう。
たとえば過去数億年のあいだ変動がなかったからといって、これからの10万年間が100%安全だと言うことはできません。地下に埋設された廃棄物が将来にわたって安全かどうかは、どんな場所であっても、未来が不確定である以上、断言することはできないでしょう。それでも、地震や戦争などの影響を受けやすい、不安定な地上に高レベルの核廃棄物を置いておくよりは、地下の方が安全だという科学者たちの考えには一定の説得力があるようにも思います。科学的な判断ができるように、できる限り多くの材料を出すために研究者たちが日夜研究を続けています。
しかし、この問題は未来の世代に負担を強いる話であり、処分候補地の住民感情や政治的な判断など、人間の心や社会と切り離すことができないため、現実的には合意形成が極めて難しいテーマです。そもそも人間は生理的に放射性廃棄物を受け入れられないのではないか、という気がします。自分がいま暮らしている土地に、自分の子孫が暮らし続けることを想像したとき、その近くの地下に10万年にもわたって生命に危険を及ぼす物質がある、ということを受け入れることはなかなか難しい。もしこの話が、自分の街の問題になったら、今のままでは頭を抱えてしまうと思うのです。こうした心理的な障壁をどのように取り払っていくのかという視点も科学的な知見とともに求められていると感じました。そのためにも情報公開は必須であり、今回参加したような見学会は有効でしょう。
福島第一原発の事故が起きたことで、多くの人が初めて原子力発電所が抱えていた大問題について学ぶようになったのではないでしょうか。実際に私自身、トイレなきマンションの話も、事故以前に自分ごととして強く意識したことがありませんでした。電気を使って、日々、贅沢な暮らしをしているにもかかわらず、その電気がどのように作られ、どのように運ばれ、背後にどのような問題を抱えているのか、まったく知らずに過ごしていたのです。しかし、いまだ解決の道すら見えていない事故を起こしてしまった日本で、「よくわからないので考えたくありません」と言うわけにはいきません。すこしずつでも、いまのエネルギーシステムが抱える課題に関心を持ち、その解決策にも関心を向けて行くことが大事なのではないでしょうか。
→リンク/参考文献
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