Art & Design
2013.03.27 ユイキヨミ
Bough Bikesのデザイナー、ヤン・フネウェグ。この福祉施設の工房では、Bough Bikesだけではなく、さまざまな種類の自転車を組み立てている
photo by kiyomi yui
世界で初めて、量産可能な木製自転車をデザインしたヤン・フネウェグ。伝統的な木の船を作るという専門的な教育を受けた珍しい経歴を持つ彼は、昨年、仲間ふたりと共にBough Bikesという独自のブランドを立ち上げました。この自転車の弾力性のあるソフトな乗り心地、そして美しいポジティブなデザイン性に、今、たくさんのオランダ人が注目しています。
デザイン、社会、そして環境問題と真摯に向き合う、この31歳の若手デザイナーから、話を聞きました。
Bough Bikesの生産可能台数は、年間約4000台。バランスのとれた林業が営まれている、フランス側のジュラ山脈でゆっくりと育つオークを素材にしています。木製パーツの製造は、オランダ北部の家具製造工房に発注。そして組み立ては、障害を持つ人々が働く福祉施設が請け負っています。
「木は、種を植えれば、日光、二酸化炭素、雨という自然の力が育ててくれる。そんな自然に感謝しながら、木こりたちは木を伐採している。だからこそ、人は木のプロダクトに親近感を感じ、自然との関連性を取り戻すような気持ちになるでしょう?」と言うヤン。歩き始めた頃からすでに木でモノを作っていたという彼は、造船を学んでいた時、木製自転車を作ってみたいと思ったと言います。
いくつかのプロトタイプをつくったあと、彼は、量産のための製造工程も含む全てを自分でデザインしました。構造や技術面に洞察力が深い彼は、多くのプロダクトデザイナーがつまずく「製造工程」という難題を、見事にクリアします。デザインだけして、工程プランニングはメーカーに任せるデザイナーが多い中、「そうするとディテールからデザインが崩れていってしまう」と言う彼は、貴重な存在とも言えるでしょう。
一方、「僕の目的は、社会に貢献することだから」と、福祉施設に組み立てを発注することも、当初から予定していたことだと言います。
徹底してエシカルであり続けようとするヤンは、会社の運営に対しても一貫したビジョンを持っています。「僕には、5歳と3歳の子どもがいる。もしも今、一気に売れてしまったら、僕は多忙になりすぎて家族を犠牲にすることになるだろう。今でも僕のプロダクトは十分に注目を集めているし、必要なだけはしっかりと稼いでいるのだから、今の信念が揺るがないように、ゆっくりと成長する道を歩みたい」と彼はまっすぐな眼差しで語ります。
そんな彼が、デザインを通して目指しているのは、人間と自然の調和を生み出すこと。「風を切って外気を深く吸い、空や木や、山や海を眺めていると、人はみな気持ちいいと思うでしょう? それは人間の根源的なアクティビティだからだと思う。リラックス、冒険、そして自由。この3つの感覚は、今でも人の血管を脈々と流れる、人間と自然の調和の根源。それらを呼び起こすようなデザインにしたかった。今の時代、そんなことばかり言っていられないよ、っていう生活をしている人が多いけれど、この自転車に乗ってみようと思ったことをきっかけにして、ポジティブな気流を感じてくれたら嬉しいよ」
人間が生きているだけで環境にインパクトを与えてしまう以上、真に自然に優しいプロダクトはあり得ません。けれどもヤンは、最善を尽くして環境に配慮しています。木だけではなく全てのパーツは、素材を混合させないことでリサイクル可能にしました。木製品の特徴とも言える、使い込むほどに深まる味わいは、長く愛用したいという気持ちを呼び起こします。その上「デザイン」の力でここまでパワフルにエシカルな信念を表現し、使う人の気持ちを「自然」へと向けてくれるならば、このプロダクトを「環境に対して優しい気持ちになれる、グリーンな自転車」と呼んでも、決しておかしくはないと思います。
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