Food
2016.09.30 平澤 直子
参加者からの質問に答えるメンツェル氏(左)とダルージオ氏(右) (c)開発教育協会
日本3万7699円、エクアドル3723円、チャド143円。何の金額か、わかりますか?
答えは、それぞれの国の平均的な家族の、一週間にかかる食費の額です。中央アフリカの国チャドの6人家族の食費は、日本の4人家族の約264分の1。平均的な家庭でこれだけの差があるということは、国家間に相当な格差があるということです。
こういった数字とともに、世界中の"普通の家族"の肖像を紹介しているのが、『地球家族 世界30か国のふつうの暮らし』(1994)、『続・地球家族 世界20か国の女性の暮らし』(1997)、『地球の食卓 世界24か国の家族のごはん』(2006)、『地球のごはん 世界30か国80人の"いただきます!"』(2012、すべてTOTO出版)などの写真集を出版し大反響を呼んだ写真家、ピーター・メンツェル氏と、そのパートナーでありライター兼プロジェクトプロデューサーのフェイス・ダルージオ氏。今月18日、創立125周年記念特別展として、『ピーター・メンツェル写真展 しあわせのものさし 持続可能な地球環境をもとめて』を開催している東京農業大学と、その付属施設である「食と農」の博物館(展示は9月25日まで)で、ワークショップ&トークイベントを行いました。
ワークショップの様子。「ゴミが出そうな順」などテーマを決め、その順番に並べていく (c)開発教育協会
インパクトの大きい展示。チベットの僧院長の摂取カロリーは4900キロカロリーと、意外と多い
展示は上記著作からの抜粋で、前述の食費とともに、1週間分の食料を並べた各国家族のポートレート、家財道具をすべて家の外に出した各国家族のポートレート、1日の摂取カロリーの書かれた個人のポートレートが並びます。これらを見ていると、途上国だからといって一概に摂取カロリーが低いわけではないことに驚かされる反面、減量手術の準備段階として減量をしているアメリカ人男性の摂取カロリーと、家を出てようやく少しはましな食事をとれるようになったバングラデシュの男の子の摂取カロリーがほぼ同じだったり、難民キャンプに住む難民と、減量キャンプで過ごす少女の写真が並べて展示されていたりと、格差が浮き彫りになるような構成に、世界は何か間違った方向に向かっているのではないかと考えさせられます。
ではその間違った方向とは何なのか。それは、トークショーで両氏が語った撮影の裏話にヒントがありました。たとえば、インドのコールセンターで働く若い男性。彼は朝と夜は母の作るインド料理を食べますが、ランチに母の作るインド料理のお弁当を持っていくことを嫌がり、社員食堂でファストフードを食べます。つまり、彼にとって、食事は自分のステイタス、ファストフードは近代化・若者文化の象徴なのです。また、過食で一日に1万2300キロカロリーもの食物を摂取しているイギリス人女性にとって、食べ物は"癒やし"の手段です。他方、アメリカ人モデルの女性は充分に痩(や)せていますが、それでも「私はモデルとしては無責任。サイズ0の服が入らないから。あと2キロ痩せたらもっと稼げるのに」と語ったとメンツェル氏は言います。つまり、食べ物は彼女の稼ぎを減らす敵というわけです。
こういった話を聞くと、元来人間の生命維持のために必要だった食事というものが、経済発展に伴い別の意味を持ってきていることがわかります。ABCニュースによれば、今や過食という不健康な状態にある人の割合は栄養不足の人の割合よりも高くなっています。そしてメンツェル氏によれば、栄養不良の人もまた、好んでカップ麺や炭酸飲料を摂取していたり、野菜が高いために安い加工食品を食べていたりすることで不健康になっているのだとか。もちろん、経済発展が悪いとは言いません。しかし、それによって格差が生まれたり、不健康になったりするのは間違っているのではないでしょうか。
現在では、余剰カロリーや余剰食料を必要な人に届けるTable For TwoやFood Bankといった取り組みがあります。また、今後さらに画期的な仕組みが作られるかもしれません。しかしまず大事なことは、格差を知ること、そしてそこから何を考えるかではないでしょうか。当イベントの企画・運営を手がけ、多数の開発教育教材を開発しているNPO法人 開発教育協会(DEAR)の中村絵乃事務局長によれば、今回のワークショップ&トークショーの参加者は教員が多く、かれらはDEARの教材を授業に取り入れ、子どもたちに世界の現状を教えているのだそうです。かれらをとおして子どもたちがこの現状を知った時、子どもたちは何を考えるのか。まずはそこからではないでしょうか。
関連するURL/媒体
http://www.dear.or.jp/getinvolved/e160918.html