Forest
2013.04.04 橋本 淳司
森から見る月はふだんとは違って見える
富士五湖の1つ山中湖の小さな森で行われる「よる*森*ハイキング」の話を聞き、「ビジョンクエスト」を連想しました。「ビジョンクエスト」とは、ネイティブアメリカンの儀式です。人生の節目に、自然のなかを一人で歩き、大地のエネルギーを感じながら、静かに自分と対話し、人生の方向性やビジョンを受けとるというものです。成人の儀式として行われることもあり、その場合、寝袋1つもって夜の森に入っていくといいます。
3月末、僕はその簡易版とも言える「よる*森*ハイキング」に家族で参加しました。会場である山中湖畔は都心から2時間弱、気温に応じた服装と、歩きやすい靴さえあれば、誰でも森を感じることができます。
参加者は午後3時に集合し、まずは昼間の森をネイチャーガイドとともに歩きます。池に目をこらすとヤマアカガエルの卵を見つけました。木々に分け入ると、ところどころ木の芽がシカに食べられていたり、抜け落ちたシカの角も見つけました。標高約1000メートルの山中湖の気温は北海道の函館と同じくらいですが、春のおとずれをつげるフキノトウの黄緑色にあちこちで出合います。このように「昼の森」を歩くときは、目からの情報ばかりが入ってきます。
でも、「夜の森」では違います。参加者はガイドに案内されて夜の森に入ります。そして、ある場所からは、静まりかえった森の道を一人ずつ歩いていきます。最初は「まっくらだ」としか感じません。目を懸命に働かせているからでしょう。ヨチヨチ歩きをはじめたばかりの子どものように慎重に、慎重に歩をすすめていきます。
そのうちに、ほかの感覚が働きはじめます。森のしっとりした空気が頬にくっつくのを感じます。やわらかな腐葉土を足裏に感じます。遠くのせせらぎ、枝や葉がかすかに触れ合う音、大地からわずかにのぼるにおい......。都会の生活ではつかっていなかった感覚が、あふれる自然を少しずつ受けとめはじめます。
だからといって神経質になるわけではないのです。むしろそれとは逆に、緊張感から解放され、心は少しずつ穏やかになっていきます。僕に抱っこされていた5歳の娘は、やがて寝息をたて始めました。
やがて森のなかの開けた場所に到着します。どうやらゴールに到着したようです。参加者はここで思い思いの時間を過ごします。大きく深呼吸し寝転んで星を数え、大地の感触を全身で感じながら、自然と向き合い、ついに普段は目をそらしていた自分自身と向き合っていきます。
「夜の森」に滞在する時間は2時間ほどですが、やすらぎとセンサーの高まりを同時に感じ、日常生活では得られない「気づき」を得ることができました。この感覚は少しのあいだ継続するようです。翌朝、朝の森に出てみると、前日はまったく感じなかった野鳥の声が自然に耳に飛び込んできて驚きました。
レビューミーティングで参加者からは、
「真っ暗な森に寝転んで空を見上げるなんて初めての体験。森と一体になったような感じがして、とても和やかな気持ちになった」
「普段とはまったく違う環境のなかで、何かを感じようとしている自分に出合えた」
「野性の鹿や鳥たちはこんな気持ちで夜を過ごしているのかなと思った」
などの声が上がりました。
どうやら「よる*森*ハイキング」は、自然に気づき、自分に気づくことで、人生に小さな変化をもたらしてくれる「儀式」なのではないか、と思いました。
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