Imagination
2016.12.01 宮原 桃子
ある時から、その社会では「茶色」の動物が優れているとされ、それ以外の色の犬や猫は処分されるようになった。主人公と友人シャルリーは、どこかすっきりしないまま、「茶色に守られた安心」に引きずられ、それに従っていく。気がつけば、この考えを批判した新聞社や出版社は葬り去られ、友人は逮捕される。途中で主人公は、これはやりすぎだ、狂っていると思っても、すでに手に負えない状況になっていく...。
これは、1998年にフランスで出版され、100万部突破のベストセラーとなった短い寓話「茶色の朝」のストーリー。著者のフランク・パヴロフは、当時フランスで台頭していた極右主義への抗議を示すために本書を出版し、2002年の大統領選挙を背景に多くの人びとに読まれました。世界10カ国以上で出版されるなど、その普遍的なテーマに大きな反響がありました。現実には存在しない寓話ながら、まるで今世界のどこかで起こっているような、もしくはどの社会でも起こり得るような感覚を覚えます。
今世界は、終わりなき戦争、どこで起きるともわからないテロ、難民・移民問題などを背景とした極右勢力の台頭など、混沌とした時代を迎えています。アメリカではトランプ氏の大統領選勝利によって、リベラルから保守への動きが強まり、各地で差別主義的な事件も起きるなど、社会が大きく揺れ動いています。そして私たちが暮らす日本でも、安全保障関連法の施行や憲法改正への動きのなかで、戦争や核などの問題に対する日本の考え方や立ち位置について、大きな議論が生まれています。
世界が、国が、社会が大きな変化に直面する時、賛否両論が生まれ、誰もが「これでいいのだろうか」「こうすればいいのではないか」「これはおかしい」などさまざまな考えや感情の中で揺れ動きます。そうした状況で、全体の流れに身を任せ、「思考停止する」「やり過ごす」ことは、ある意味で楽なことかもしれません。
まさに「茶色の朝」は、主人公たちが、どこか違和感を覚えながらも、マジョリティでいることの安心感のなかに身を任せ、次第に思想に支配されていく様子を描いています。この本を読むと、普通の人である私たちも、簡単に同じような状況に陥りうる恐ろしさと、それに対抗するために「思考停止しないで、考えつづけること」の大切さ、そして声を上げて行動することの大切さを感じます。たった約30ページの短い物語のなかに、強烈なメッセージがこめられています。また本書には、映画俳優で監督のヴィンセント・ギャロさんが日本語版のために描いた挿絵がちりばめられ、哲学者で東京大学大学院教授の高橋哲哉さんのメッセージが寄せられており、どちらも物語をより深く考えるのにふさわしい内容です。
私たちは、日々さまざまな疑問やひっかかりを感じながら、つい日常の忙しさや流れに身を任せる安心感のなかで、やり過ごしてはいないでしょうか。その小さな積み重ねが社会を形づくり、時に恐ろしい方向へと向かっていく危険性をもはらんでいます。しかし逆を言えば、一人ひとりの意志や行動の積み重ねが、社会を変えることもできるのです。今の混沌とした時代に生きる私たちが、より良い未来をつくっていくために、ぜひ読んでおきたい一冊です。
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http://www.otsukishoten.co.jp/book/b51933.html