Mobility
2016.02.05 岩井 光子
米テキサスのSXSW(South by Southwest)2013で。FUKUSHIMA wheelを説明する山寺さん(右)
自転車のペダルをこぎ出し、風を切る爽快感は、車では決して味わえないもの。環境意識や健康志向の高まりもあり、身近な移動に自転車の積極活用を促す動きが活発化しています。昨年10月、ノルウェーの首都オスロが4年以内に市中心部への自家用車乗り入れを禁止すると発表したニュースは、大胆な環境対策として大きな注目を集めました。「生活の足」としてだけでなく、旅行者にも便利なシェアサイクルは、アメリカやヨーロッパ、台湾などでまちの活気を支える重要なモビリティとなっています。
海外でシェアサイクルの成功例を見ていたITベンチャー「Eyes, JAPAN」社長の山寺純さんは東日本大震災後、観光客が激減してしまった地元の福島県会津若松市でも、シェアサイクルをきっかけに旅行者を呼び戻せないかと考えました。それも、200年以上の歴史を持つアナログなモビリティ「自転車」に夢のある付加価値をつけて。"車輪の再発明"(Reinvent the wheel)と銘打って2013年に発表したビジネスモデル「FUKUSHIMA Wheel」は、自転車をプラットフォームととらえた視点が新しく、「TEDx Kobe」や米サンフランシスコの「SF Japan Night」、中国・北京の「Beijing Design Week」などで、いずれも大きなインパクトを残しました。
FUKUSHIMA Wheelはスマホアプリ、広告を映し出す後輪のLED、周辺の放射線量など環境データを測定するセンサーの3つの付加価値がセットになっている
福島発のシステムとして興味深いのが、自転車を少し走らせるだけで、周辺の環境データが取得できるセンサーの設置。都内のボランティアグループSafecastの放射線測定器にいくつかのセンサーを追加したものを採用していて、現在の実証実験段階では放射線量、一酸化炭素(CO)、窒素化合物(NOx)、気温、湿度の5つのデータが計測できるようになっています。測定は5秒おき。データはクラウド上に集約されるので、FUKUSHIMA Wheelが広まれば広まるほどビッグデータが集まるというわけです。山寺さんは会津若松、神戸など国内の都市に留まらず、フィンランド、米ニューヨークやシリコンバレーなど広く世界を飛び回って実証実験を行ってきました。「例えば、北京だったらPM2.5を計測したり、ニューヨークだったらマイクをつけて騒音レベルを測るなど、都市の課題に応じてセンサーの内容は変えられる。シェアサイクルを楽しむ人が知らぬ間に地域に役立つ参考数値を集めてくれる仕組み」と説明します。
フレームに取り付けられたセンサー。自転車を楽しむうちに知らずにビッグデータも蓄積されるという仕組みは魅力的だ
FUKUSHIMA Wheelのプレゼンテーションでも一番の見せどころとして好評なのが、スポンサー広告の表示方法。後輪のスポークに取りつけたLEDパーツがこぐエネルギーで点灯し、文字や図柄、アニメーションなどを残像として浮かび上がらせます。夜道では明かりとなって安全走行にも役立つという一石二鳥の技術は、シリコンバレーの「Monkeyelectric」と共同で開発し、特許を取得したもの。Monkeyelectricは、FUKUSHIMA WheelでEyes, JAPANとビジネス提携を結んだベンチャー企業です。
FUKUSHIMA WheelのPR映像。LEDライトが闇を照らす様子が美しい
また、これまでのレンタル自転車業で非効率だった部分をスマートフォンアプリの開発で整理していこうというアイデアもITベンチャーならでは。「1日何円」といった一律の賃料をやめて料金体系に変化を持たせ、自転車の回遊性を高める提案です。例えば、特定のステーションばかりが込み合うといったロスを解決するため、返却時は空いている安いステーションを選べるようにしたり、登り坂と下り坂の料金設定を変える、といった具合です。アプリにはスマートロックの機能をつけ、移動経路に応じた観光ナビや地域クーポン発行といったサービスを充実させれば、利用者の利便性も一気にアップします。
被災地を「割れた茶碗」に例えるなら、自らの役割は、その継ぎ目を金と漆で補修する「金継(きんつ)ぎ」だと表現する山寺さん。"茶碗"を"自転車"に置き換えた試みがFUKUSHIMA Wheelなのです。個人の所有物だった自転車が公共財となり、まちのどこにでも置いてあって、誰もが自由に使えるようになったら―、山寺さんはそんな未来の風景を話します。「もし都心で大きな震災が起きたら大量の帰宅難民が発生するでしょうが、ガソリンのいらない自転車がまちのどこにでもあれば、乗って逃げることができますよね。あと、東京五輪に向けてインフラの整備が進んでいますが、シェアサイクルはインバウンドの一時的な解消策としても、あまりお金をかけずに効果を上げると思う」。福島の復興案として産声を上げたシステムですが、FUKUSHIMA Wheelに興味を示す東京五輪のスポンサー会社も出てきているそうで、今後東京が恩恵を受ける可能性もおおいにありそうなのです。
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