Peace
2015.08.27 岩井 光子
Pippi Langkous:Creative Commons,Some Rights Reserved,Photo by Marjon Kruik
児童文学作家のアストリッド・リンドグレーンが『長くつ下のピッピ』シリーズを初めて世に送り出してから今年で70年が経ちます。三つ編みと長い靴下がよく似合う赤毛のピッピは、馬を軽々と持ち上げるほど人間離れしたパワーを持つ9歳の女の子。子どもらしい無邪気さも発揮しながら、頼もしく一人暮らしを謳歌するピッピは、今の時代の子どもたちにとっても憧れの対象であることに変わりはありません。あのジブリの宮崎駿監督も高畑勲さんと共にピッピのストーリーに強くひかれた一人で、1970年代初頭にTVアニメ化に向けてかなり具体的な構想を練ったことがあるそうです(企画は残念ながら中止となってしまいましたが、当時の生き生きとした構想スケッチが「幻の『長くつ下のピッピ』」に収められています)。
「(子どもが)大人の指図に従うなら、そこにはきちんとした理由がなくちゃならないわ!」。ピッピにこう言わせたリンドグレーンは、子どもが受ける理不尽な暴力や不公平な扱いにいつも憤りを感じ、その気持ちに寄り添ってきた作家でした。彼女の子どもたちへの深い愛情が端的に伝わってくるのが、1978年のドイツ書店協会平和賞授賞式で行ったスピーチです。既に北欧を代表する児童文学作家として社会的影響力もあったリンドグレーンが、授賞式で子どもへの体罰反対を訴えると打診してきたことを「過激」と感じた協会側は、事前に内容変更を要請してきましたが、リンドグレーンは「それなら出席は見合わせる」ときっぱり言い放ち、強い意志を持って臨んだ式典でした。
すべての親子が、互いに愛情に満ちた敬意を持てるように―。今年戦後70年の節目を迎えた日本にとっても、このリンドグレーンの1978年の演説は多くの示唆に富んでいます。日本語訳を収めた新刊『暴力は絶対だめ!(Never Violence!)』が8月6日、岩波書店から出版されたので、興味のある方はぜひ目を通してみてください。今から37年も前に行われた彼女の主張が、現代社会への警告としても全く色あせていないことに驚かされるばかりです。
装画は日本人として初めてリンドグレーン記念文学賞を受賞した絵本作家の荒井良二さんが手がけた
「子どもたちには、自ら考え、行動する力があり、それを支えるのが親の愛情である」と信じるリンドグレーンは、権力を握る指導者が「最も効果的な解決策として暴力を過信」してしまう問題の根っこは、子ども時代の育てられ方にあるとみていました。「愛情いっぱいに育てられ、親を愛している子どもは、自分のまわりの人すべてに対する愛情深い接し方を親から学び、これを終生持ち続けます」。愛情ゆえにむちをふるうのは間違っていると、受賞スピーチで体罰を正当化する大人たちの思い込みを批判したのです。「物事を解決するには暴力以外の別の方法があることを、まずは自分の家庭でお手本として示す」ことこそが、長い目でみれば必ず平和につながっていくはずだと訴えました。
彼女の主張は母国スウェーデンでも反響を呼びました。当時、義理の父親による家庭内暴力で男の子が死亡した事件が波紋を呼んでいたスウェーデンでは、彼女のスピーチも追い風となり、翌年世界で初めて子どもの体罰を全面禁止する法律が制定されたのです。
私自身子どもを持って、子どもから教えられることの多さに驚いています。「育てながら、育てられている」とでも言うのでしょうか。膠着(こうちゃく)した大人の頭脳に、子どもの豊かな感性はいつも新鮮な刺激を与えてくれます。そんな毎日を親子で「互いに愛情に満ちた敬意」を持ちながら楽しんでいきたい。支配的な暴力は、ただただ子どもたちを萎縮させ、希望を打ちくだき、心に大きな傷を残してしまいます。惜しみなく愛情を注ぎ続ければ、それだけで子どもたちは自然と自分で正しく考える力を身につけていく―。そう主張するリンドグレーンの母としての確信には、心底共感してしまうのです。
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