ネイチャーネットワークという構想をご存知でしょうか。 カナダ、ジョンストン海峡で30年以上にわたり、野生のオルカ(シャチ)の行動研究を続けてきたポール・スポング博士が提唱しているプロジェクトです。 カナダ、ハンソン島でスポング博士に、ネイチャーネットワーク*についてお話を伺いました。
目次へ移動 ネイチャーネットワークとは
私たちの母なる地球には、人間による環境破壊が進んでいるとは言え、まだまだ豊かな大自然が残っています。ネイチャーネットワークは、そうした豊かな自然の中に置かれたカメラとマイクの映像と音声を世界中の人たちにライブ中継するネットワークを作り、自然と人間とのあいだにできてしまった距離を少しでも近づけようというプロジェクトです。スポング博士は、この壮大な夢を20年も前に思い描きました。まだインターネットが一般的ではなかった頃の話です。
2000年になってスポング博士の夢は大きく前進しインターネットを通じてライブ中継をするプロジェクト、オルカライブ※が実現しました。このサイトは2年目を迎えた2001年には5ヶ月間のライブ中継で70ヶ国以上の国から5000万ヒットを超えるアクセスがあるサイトに成長し話題になりました。ネイチャーネットワークはまだ始まったばかりのプロジェクトですが、テクノロジーと自然の共生という視点など、未来に向けた多くのヒントがあると思います。
ネイチャーネットワークのコンセプトについては
http://www.orca-live.net/jp/about_ol/about.html
に詳しく書かれていますので、そちらをご覧ください。
目次へ移動 ネイチャーネットワークのビジョン
-現在のネイチャーネットワークはまだ初期段階にあると思いますが、ネイチャーネットワークの将来ビジョンを教えてください。
スポング博士:決定的な問題は帯域幅(回線の太さ)です。来年にはどこにいても、もっと太い回線を手に入れることができるでしょう。そしてあっと言う間に光ファイバーのネットワークになり、誰もが高速のアクセスを手に入れることができるようになるでしょう。 そうなれば、より直接的で深い体験を創り出すことができます。 例えば私が水中ビデオ基地のあるクレイクロフト島に行き、高画質モニターでライブを観察しているときには、あたかも水中にいるかのような気分になります。映像はとてもクリアで色の再現も完璧です。もちろん現在の小さな画面でのライブであっても、とても幸せを感じますが、現実の体験により近いものに触れると、さらに感動します。
今年のオルカライブの小さなウィンドウを見ながら、フルスクリーンで焦点のあったクリアな映像が見れるようになるのはいつになるだろうかと考えています。あなたはどのぐらいだと思いますか?2年ぐらい? 2年後だとして、その後にさらに、家の中で壁一面に表示されるのはいつ頃でしょうか。そうなると、私たちは家の中にいながらにして、どこか別の場所にあなたを連れていってくれる環境を創り出すことができるということになります。
-その時、例えばオルカライブからウミガメライブにチャンネルをスイッチすることもできるわけですね?
スポング博士:その時には、100を数える選択肢があることになっているでしょう!
ただ、個人がこのようなシステムを使うには、まだ大きなコストがかかるかもしれません。
博物館や学校の図書館や公共施設といった、こうしたテクノロジーに投資できる施設に展示されるという可能性も考えてみることができると思います。
5年後、10年後には多くの公共施設がこの技術を取り入れ、その空間の中に入っていくと、世界中の自然のライブを体験できるようになっているのではないでしょうか。
-家の中でネイチャーネットワークを体験するよりも、どこかに出かけていってそこで体験する方が良いアイディアの様な気がしま す。例えば水族館などはどうですか?
スポング博士:非常によくわかります。水族館というのは自然界を極めて人工的に再現している場所です。
-もし水族館がネイチャーネットワークを取り入れることができたら、人々は自然のライブを大きな画面で楽しむという経験にお金を払うことになり、自然界から動物を捕獲してこなくてもお客さんを失うことはないのではないでしょうか。
スポング博士:ええ、そう思います。しかし、多くの水族館が何もかも欲しがっているということが問題ですね。 彼らは自然界からイルカやアザラシのような海洋哺乳類を捕獲することも望んでいるし、同時にライブ中継も行いたいと考えています。 彼らはライブ中継にとても興味を持っています。
しかし、彼らはまだ古い考え方の中にいます。自然界から連れてきて狭い人工的なコンクリートの檻にいれた動物が人々にとって必要だと思いこんでいるのです。お金を払って入場してもらうには、ホンモノの動物を見せなければならないと思っています。私はそこに変化を起こしたいと思っています。そしてそれは可能だと信じています。たとえば、カリフォルニアにあるモントレー水族館での体験は素晴らしいものです。そこには、とても大きなケルプ(海草の一種)の森のタンクがあります。とても美しいもので、それは本当にリアルなケルプの森なのです。彼らは自然空間を創造する技術の調査と開発に投資をしたのです。実際の自然と同じようなエコシステムを創り出しています。私は水族館産業によるこうした開発は成功を収めるだろうと考えています。しかし、いまのところほんのひとにぎりの施設しかトライしていません。
スポング博士はジョンストン海峡から捕獲されて、今は水族館で生活をしているコーキーという名のオルカを家族の元に返そうという活動も行っています。
フリー・コーキー・キャンペーン
http://www.orcalab.org/corky-a16/
目次へ移動 インターネットで自然を身近に
-多くの人はテクノロジーと自然は仲良くなれないと考えているようですが、あなたのアイディアはテクノロジーを使うことで、人々が自然をより近くに感じられることを目的としていますね。特にインターネットがその実現に果たしている役割は大きいと思いますが。
スポング博士:インターネットはとても素晴らしいと思います。ある意味では複雑とも言えますが、実はとてもシンプルなシステムです。 インターネットが拡がっていくさまは、自然の成長に似ています。 ある生命が「機会」を与えられたら彼らはすぐにその機会を逃さずに使い、地球システムの中で生きる範囲を拡げていきます。自然の中ではそういうことが起きています。インターネットも(テクノロジーであることは間違いないのですが)有機物のように成長しています。
ネイチャーネットワークについても、自然に拡がっていくことが望ましいと考えています。もしこのアイディアが良いアイディアであれば、多くの人がアクセスするでしょう。オルカライブに続いてウミガメライブのようなサイトが既に登場していますし、ネイチャーネットワークのようなサイトが自然に拡がって成長していく兆しは既に現れていると思います。
目次へ移動 ネイチャーネットワークのある未来
-ネイチャーネットワークのある未来と、ネイチャーネットワークが無い未来はどのように違うと思いますか?
スポング博士:私たちには次の二つの未来があると言い直した方がいいでしょう。一つは自然と共にある未来。そしてもう一つは自然の無い未来。 これはとても重要な質問ですね。
過去2~300年、あるいは500年という非常に短い期間に、地球上のありとあらゆる場所で直接的に人間によって引き起こされた変化について考えてみてください。たくさんの原生林が失われました。とてつもなく深くて広い海洋が変化するなんて想像できたでしょうか。でもそれは実際に起きています。海はその生命を失いつつあります。世界中の水産業者が至るところで大きな問題にぶつかっています。これほど大きな気候変動が起きると想像できたでしょうか。でもそれは起きています。
同じ期間、つまり2~300年、あるいは500年先のことを考えてみることができるでしょうか。何が想像できますか? 自然の無い世界?あるいは自然界の多様性が大変な勢いで失われた世界でしょうか。 人間は、自然に頼って生きているのだということに気が付かないといけないのです。
今の政治家の活動を見てご覧なさい。例えばブッシュ大統領は、この惑星が大事だとは全く考えていないように見えます。 京都で、大変な努力の末にこの惑星の変化についてほんの小さなコントロールをしましょうということになったのに、彼はそれを却下しました。第一に、彼はこうした変化が起きていることを信じようとしないし、第ニに、たとえ起きていたとしてもそれが重要だと思っていないのです。「全てのものを今使え!」というのがその哲学でしょう。未来のことは考えなくていい。私たちは今、ここで生きているのだから。興味があるのは自分自身だけです。子どもたちは、自分の面倒を自分で見ればいい。ぞっとする考え方ですよね・・
・・このことはともかく、もう一つのポジティブな道について話しましょう
私は多くの人たちがこちらの道を歩み始めていると思います。
その証拠に、旅行産業の中でエコツーリズムはもっとも急速に成長を遂げいています。
多くの人が自然を求めています。多くの人が、自分たち自身の健康と成長に自然体験が大事だと理解しはじめています。
これはとても重要なことです。そしてこうした理解は拡がっていると思います。
ネイチャーネットワークはこうした理解を促進し、人々に、自然とつながりを持って生きていく必要があるという理解を拡げていく助けになるのではないかと思います。そしてこうした理解こそが結果的に自然を守っていくことになると思っています。
いま確かに自然に変化が起きています。しかし、もし私たちが自然を壊さなければ、未来を美しい状態のまま残せるほどの回復力が自然にはあると信じています。
-10年前と比べると人々は気付き始めていますよね。僕は希望を持っています。
スポング博士:ええ私も希望を持っています。破滅に向かっているとは信じたくありません。夜明けが訪れることを信じています。
目次へ移動 世界へつなぐ
ネイチャーネットワークは都会で生きる私たちの生活時間の中に、ほんのわずかだけれど「自然のリズム」が染み込む「窓」を開けようという試みだと思います。その小さな窓がやがて大きな窓になり、今よりもっと世界中の自然が感じられるプロジェクトに育ったときに大きな変化が人間の中に起きるのかもしれません。
ネイチャーネットワークの大きなポイントは「ライブ」であることです。遠く離れた自然の映像と音がリアルタイムに視聴できるのは、インターネットだけが提供してくれるライブ体験です。そのことによって、たとえ完全な身体経験でなくても、自分という「いのち」と遠くにある「いのち」のつながりを、あるリアリティを持って感じることができるのだと思います。その「つながり」を感じた時に、たとえ小さくて画質の悪い映像であっても、感動することができるのでしょう。
もう一つ、スポング博士はネイチャーネットワークの役割について考えています。自然を求めるあまり人間が大挙して自然を訪れると、皮肉なことに自然は破壊されてしまいます。実際にジョンストン海峡でも夏になると多くのホェールウォッチング船がたくさんのツアー客を乗せて出航します。年々増幅していくボートノイズが、音で世界を感じているオルカにどのような影響を与えるのか、スポング博士は心配しています。ネイチャーネットワークは、人間が自然に過大な影響を与えることなく自然を感じることができるという大きな特徴を持っています。つまり、矛盾を抱えてしまった人間と自然との関係の中で、一つのクッションとして機能させたいとスポング博士は考えています。
オルカライブは2001年に行われた5ヶ月間のライブ中継で70ヶ国近い国々から、5000万ヒットというアクセスのサイトに成長しました。これからの発展に注目してみたいと思います。
ポール・スポング博士 (Dr.Paul Spong) のこと
1939年、ニュージーランド生まれ。 UCLA大学院で脳の機能について学んだ後、バンクーバー水族館でオルカの研究を始めました。しかし、水族館に閉じ込められたオルカを研究対象とするのではなく、大自然の中を悠々と生きているオルカを研究することに意義があると感じ、1970年にカナダのバンクーバー島のそばに浮かぶ無人島、ハンソン島に移り住み「オルカラボ」を設立します。 以来、現在に至るまで30年以上にわたり、野生のオルカの生態研究を続けています。
オルカラボ・ホームページ http://www.orcalab.org/
取材・写真: Think the Earthプロジェクト 上田 壮一