樹木生い茂るジャングル。熱帯の果樹がたわわに実り、野鳥の声が響き渡ります。 しかし、ふと見るとバナナの横にリンゴがなっています。寒冷地の果物がこんなところに。そこはジャングルではなく、人が手をかけた生態系だからです。人は生態系に 働きかけながら、その生態系にとけ込んで暮らしていました。彼らは「パーマカルチャリスト」「パーマカルチャーを実践する人」と呼ばれています。日本でも少しずつ知られるようになったパーマカルチャーとは果たして何なのか?ニュージーランドの美しい農場の例から紹介します。
目次へ移動 永続する世界を創造するパーマカルチャー
パーマカルチャー=Permacultureは、Permanent Agriculture(永続する農法)、Permanent Culture(永続する文化)からの造語。オーストラリアのビル・モリソンが作り出した言葉です。彼は1928年にタスマニアに生まれ、大地と海とを相手に、漁師や森林労働者など様々な仕事をして暮らしていました。しかしやがて彼は、自分を生かしてきてくれた環境が、急速に失われていることに気がついたのです。
1950年代のこと。彼はそこで初めて、自分を包み込む生態系の大切さに気づきます。彼はそれ以上の破壊を食い止めるために平和的な抗議を続けますが、ただ反対するだけでは何も生み出さないことに疲れ、もっと建設的な方法を模索しました。そして永続的な農業システムに始まり、人間も含めた永続可能な環境を作り上げていくデザイン体系を、パーマカルチャーとして作り上げたのです。
パーマカルチャーの基本になる3つの要素は、
自然のシステムをよく観察すること
伝統的な生活(農業)の知恵を学ぶこと
現代の技術的知識(適正技術)を融合させること
それによって、自然の生態系よりも生産性の高い「耕された生態系(cultivated ecology)」を作り出します。
そしてパーマカルチャーは植物や動物だけでなく、建物、水、エネルギー、コミュニティなど、生活全てをデザインの対象にしています。それぞれの要素が、それぞれの役割を十二分に果たし、互いを搾取したり汚染したりすることなく永続するシステム=エコロジカルで、経済的にも成り立つシステムを作り上げるのです。それは自然を豊かにし(多様性、生産性)、人間の生活の質(精神的な充足感)をも豊かにします。
ビル・モリソンはパーマカルチャーの最終的な目標を「地球上を森で埋め尽くすこと」だと言います。実際に森を作ってしまった例をこれから紹介します。
目次へ移動 ニュージーランドのエデンの園
ニュージーランド・オークランドの郊外にあるレインボー・バレー・ファーム(以下 RVF)は、現在最も理想的なパーマカルチャー農場と言われています。その農場の主人、ジョー・ポラッシャーが自然の営みと一緒になってこつこつと手作りした「芸術作品」とも言えます。
まずはその作品のいくつかをご覧に入れましょう。
「ルーフトップガーデン」
屋根一面を植物で覆い、夏涼しく、冬暖かい環境を作ります。家を建てるために整地した面積を緑で覆うことで、環境に対する負荷を少なくしています。
「スパイラルハーブガーデン」
キッチンのすぐ目の前にある、螺旋状に高低差を持たせた直径1.5メートルほどの小さなハーブ園。裏に池を配し、低いところには湿り気、日陰を好むものを、高いところには日当たり、乾燥を好むものを植えます。少ない面積に違う環境を作り上げることで、多種類のハーブを育てられます。
「キーホールガーデン」
高畝にし、人の動線を鍵穴(キーホール)状にした菜園。こうすることで作業は効率的に行え、畑の中に入り込む必要がないので土を踏み固めることがなく、従って耕す必要もありません。 多種類のハーブ、野菜、果樹などを混植、密植しています。それによってお互いが成長を助け合う関係(コンパニオンプランツ)が生まれます。また鳥を呼ぶためのえさ場も用意してあります。彼らの糞も菜園の栄養になります。
「コンポストトイレ」
人間の排泄物を堆肥化するトイレ。この堆肥を土地に戻すことにより栄養分の循環の輪ができます。トイレ自体も美しい。
「パッシブソーラーハウス」
素材や設計の工夫で太陽熱を効率よく利用し、快適に生活できるようにした家屋。ひさしの長さを調整し、夏は直射日光が入るのを防ぎ、冬は陽光を取り入れるようになっています。床は素焼きのタイルを使い、夏はひんやりと、冬は蓄熱効果で暖かく過ごせます。ジョーはもちろんこの家を自分で作りました。
「フローフォーム」
家からの排水はこのフローフォーム(流れる導管)を通って土に浸透させます。水の流れを8の字にすることで直線の8倍の距離を流すことができます。それにより水が多くの空気を含み、植物が育ちやすい水となります。
「土」
ジョーは、健康な土が健康な食べ物そして健康な人間を生み出す(healthy soil, healthy food, healhty people)と言います。これも自然の力を借りて作り出した芸術品。 この土地は14年前までは荒れ地でした。雑草が生い茂り、土は粘土質で作物がとうてい育たないような土地。その上に、この短期間で多様な植物が育つ土を作ってしまいました。
ここではパーマカルチャーで用いられる、ありとあらゆる手法を実現しています。ただ技術的に優れているだけでなく、そこにいてとても気持ちよく、どこを見ても美しい。しっかりとした観察の結果、すべてを有機的、効率的に配置しているのがわかります。そこには美しい関係性が存在します。
ジョーは、オーストリアに生まれ、ニュージーランドに定住するまで世界100カ国以上を放浪しました。そして、パーマカルチャーを作ったビル・モリソンのように、漁師、建築、グラフィックデザイン、有機農業など、様々な職業を経験しました。最後にたどり着いたのがパーマカルチャーだったのです。
彼は朝の6時から夜の9時まで働くこともあるといいます。しかし疲れを感じません。それは彼が自分の好きなことを、自分の能力をすべて出し切って、楽しく生活を送っているからなのでしょう。まさにパーマカルチャーの生活です。
彼を見ていると労働という言葉が本当に似つかわしくないと思います。宮沢賢治が『農民芸術概論綱要』で言ったように、「芸術をもてあの灰色の労働を燃せ ここにはわれら不断の潔く楽しい創造がある」という世界がまさにそこにありました。彼の生活はまさに芸術、アートなのです。そしてパーマカルチャーもアートなのだという思いを強くしました。
目次へ移動 多様性がキーワード
パーマカルチャーはあまりにも広いフィールドを持っているので、どっちつかず、器用貧乏、などと評する人がいます。ビル・モリソンがパーマカルチャーを体系づけたとき、専門家たちは激怒したそうです。農学と林学、林学と畜産学、建築学と生物学などを融合してとらえていたので、専門家としての自負を傷つけられたのでしょう。ここに興味深い研究結果を紹介した文章があります。
「・・・ひとつは人類学で、もうひとつは生物学。それぞれの執筆者はお互いの内容についてまったく知らなかった・・・人類学者の方は、絶滅した種族について・・・生物学者の論文の方は、絶滅した生物種について、知られているすべての事例史を研究していた。つまりこのふたりの科学者は、絶滅の共通原因を追っていた・・・ この研究者たちが発見したそれぞれの原因というのが、実は同じものであることが判明した。どちらも、絶滅は過度の専門分化の結果であると、結論を出していたのだ。」-『宇宙船地球号操縦マニュアル』バックミンスター・フラー著、芹沢高志訳、ちくま学芸文庫より
「過度に専門分化」すると環境の変化に耐えられず絶滅してしまう。フラーは現代文明社会の持つ危うさを指摘し、もう一度人間が本来持っていた「包括的な能力」を取り戻すことが必要だと言っています。この「包括的な能力」とは、まさにパーマカルチャーの「森羅万象の関係性をデザインする能力」と言ってもいいでしょう。つまりただひとつの専門性、手段に依存して生きるのではなく、自分の能力を最大限に発揮し、多様で重層的な生き方をすること。そしてそれはもちろん人間だけでなく自然の生態系にも当てはまります。
現在、地球規模で温暖化、乾燥化など気候が変動しています。今までその土地で育ってきた植物が育たなくなる、あるいはもっと暖かな地域の植物が育つようになる、そんな事態が当たり前になる可能性もあります。RVFでは敢えて、その土地の植物だけでなく外部の植物も取り入れ育てています。そうすることで環境が変化しても収穫できる作物を残せるのです。(例:バナナとリンゴを一緒に育てている) 人間も生態系も多様性を持つ。それが永続する世界を作り上げていく道ではないでしょうか。
目次へ移動 日本でも始まっています
日本でも、パーマカルチャーを実践する人、パーマカルチャー的生き方をする人が増えてきました。パーマカルチャーはどこでも始められます。都会の片隅でも。日本に合わせたパーマカルチャーを作っていけばよいのです。日本には「里山*」という日本型パーマカルチャーのお手本もあります。
まず自分の生活が周りの環境とどうつながっているのかを観察することから始める。自分の生命が何によって支えられているかを意識する。そして小さな勇気を持って具体的な行動を始めればよいのです。
パーマカルチャーの技術、方法などを知りたい方は、下記の本を参考にしてください。またパーマカルチャー・センター・ジャパンでは、パーマカルチャーを学べる講座を開催しています。
参考文献
『パーマカルチャー 農的暮らしの永久デザイン』 ビル・モリソン(農文協)
連絡先
パーマカルチャー・センター・ジャパン
http://www.pccj.net/
* 里山
日本でかつて当たり前にあった、人と自然が有機的かつ生産的なつながりを持った空間。村落共同体と自然環境(生物、田畑、森や山、水、空気など)が存在し、人間が周りの環境に働きかけ(食料や建築素材の栽培・採取、薪のエネルギー利用、山林の維持管理など)、その生活から生み出される知恵や技術をベースとした永続可能なコミュニティ文化を作り上げていました。それはまさにパーマカルチャーで言う「耕された生態系」を作り、人間や生物の多様性を維持するシステムでした。
森谷 博 (もりや ひろし)
パーマカルチャー修行中。昨年某民放TV局を退社し、パーマカルチャー的にはパーマカルチャー・デザイナーの卵、一般社会的には無職の身となりました。将来的にはパーマカルチャーをベースにした、人も自然も癒える「養生園」設立を目標に、様々な分野での体験を積んでいこうと試行錯誤しています。
取材・写真: 森谷 博