滋賀県近江八幡市に、地球環境との共生を目指した次世代コミュニティ(通称「小舟木エコ村」)を造る計画が進められています。この計画は、徹底した環境配慮と市場性の両立にチャレンジすることで普遍性を持たせ、持続可能な開発において世界のお手本となることを目的としています。それだけでもかなりユニークなのですが、さらに、中心部にアースコミュニティ・インスティテュート(ECI)と呼ばれる研究施設(まなびや)を作り、次の時代を担う若者が育つ場をも創り出そうとしています。このECI設立に向けて、持続可能な開発や研究において、世界的に評価されている研究所や開発プロジェクトを訪ね、Face to Faceのネットワークをつくる旅が3回にわたって行われ、Think the Earthスタッフも同行する機会を得ました。今回は、その旅からのリポートです。
目次へ移動 はじめに~未来を創る先端エコ・プロジェクト
まずは、今回の訪問先をざっとレビューしてみましょう。
<アメリカ>
<ドイツ>
<イギリス>
目次へ移動 ロッキーマウンテン研究所 ~自然資本主義の実現を目指せ~(アメリカ、コロラド州スノーマス)
アメリカ、ロッキー山脈のほぼ中央、標高約2,200mの高地。冬の外気温は-44℃、年平均気温はわずかに零度を上回るに過ぎず、一年中降りる霜と激しい乾燥。そんな厳しい自然環境の中に、資源とエネルギー効率に関する世界的シンクタンクであるロッキーマウンテン研究所(以下RMI)があります。この必ずしも便利・快適とは言えない場所に、RMIの中心人物であり同研究所の所長であるエイモリー・B・ロビンス博士をはじめ、エネルギーに関する第一級の研究者が世界中から集まり、グリーンディベロップメントに関する建築のデザインやコンサルティングなどを行っています。研究所は120坪(372平方メートル)の敷地内に住居、バナナなどが茂る熱帯庭園、リサーチセンターを抱える複合施設ですΩ
短期的な労働の生産性よりも、長期的な資源の生産性を高める技術に立脚した新しい社会へ向けたパラダイムである"Natural Capitalism"(自然をモデルとした資本主義)や、環境負荷の少ない建築と開発を目指す"Green development"の研究、「分散型の小さなエネルギーシステムの方が経済効率が高く、利潤を生み出す」ということを豊富な事例に基づいて立証した"Small is profitable"の研究、炭素繊維を使った軽い車体を使い、燃料電池を導入するなどエネルギー効率の高いクルマの開発を進める"Hyper Car"プロジェクトなど、今まさに世界が直面している課題を解決する研究を80年代半ばからおこなってきています。
RMIの最も大きな特徴は、研究所の建築そのものがグリーンビルディングの可能性を実証していることでしょう。この建物では従来型の暖房設備は使っていません。99%以上の熱はパッシブソーラー(窓を大きくしたり、効果的な蓄熱材を使うなどの受動的な太陽エネルギー利用)により獲得しています。たとえば建物の外壁は30cmほどの厚さがあります。窓ガラスには、フィルムや、特殊なガスが充填された、いくつもの層で形成され優れた断熱効果を発揮するスーパーウィンドウを使用しています。当然通常の窓より初期投資はかかりますが、たとえばファンやパイプ、ポンプ、タンク、ワイヤ、コントロールパネルなど、暖房のために必要な別のコストが必要なくなるので、スーパーウィンドウのほうが安くつくこともあるそうです。
16$/平方メートル(床面積)の追加投資で、暖房や温水のためのエネルギーの99%、家庭用電気の90%を賄えるとのことで、月々の電気代はなんと約5$!太陽電池パネルで生産された電力を電力会社が買い取ってくれているため、研究所から電力会社に「領収書」を送ることもあるそうです。
ロビンス博士は言います。「これらを実現するために余計にかかるコストは、1983年の技術でも10ヶ月で回収できます。私たちは20年以上前の技術で、よりうまくやっていけるということです(笑)。一般家庭ならもっと簡単にできるでしょう。」
この話は、ともすれば技術の進歩にばかり目を向けてしまいがちな私たちにとって興味深いものです。
博士はさらに続けます。
「何でこんなところに研究所をつくったのだ?という人もいますが、鍵をかける必要がないくらい安全ですし、とても住みやすいところです。ただし、建物の中では、ですが(笑)。」
実際、私たちが訪ねたときも研究所には鍵はかかっていませんでした。博士をはじめとした研究者の人柄も温かく、サステナビリティに貢献したいと志す若い学生をインターンとして受け入れるなど、非常にオープンな研究所なのです。
最後に、ロビンス博士から日本の若者へのメッセージを頂きました。
「Green Developmentに関心を寄せる若者が増えていることを本当にうれしく思っています。ナチュラルキャピタリズム(自然資本主義)というのは非常に勇気づけられますし、また興味深いテーマだと思っています。世界の変化は、そのスピードと激しさをさらに増しており、より不確実な時代に生きることを覚悟する必要があるでしょう。しかし、悲観することはありません。さまざまな兆候が世界各地で同時多発的に起こり始めています。日本は、経験や技術、文化など、世界に貢献できる可能性に溢れています。ナチュラルキャピタリズムの実現に、西洋とは別の角度から光を当てることができます。また、あなた達自身、若者自身が希望なのだということを忘れないでください。世界を変える選択をするかどうかは、常にあなた達自身の問題なのです。」
目次へ移動 ブッパタール研究所 ~世界の環境政策に貢献するシンクタンク~(ドイツ、ブッパタール)
ブッパタール研究所は、ドイツ、デュッセルドルフ近郊、ブッパタールにある気候変動・エネルギー・環境に関する世界的なシンクタンクです。地域、国家、国際といったさまざまなレベルでの持続可能性を促進するため、"応用"に主眼をおいた調査・分析を通じて、環境政策のガイドラインや戦略、手段の探求と開発をおこなっています。生態系そのものはもちろんのこと、生態系と経済と社会との相互関係に主眼をおいたその活動は、ドイツのみならず世界各地・各国・そして国際的な環境政策に対して大きな影響力を持っています。1994年に設立され、「豊かさの増大と資源の消費とは別のものである」ことをテーマに、約120人のスタッフが下記の4つのカテゴリーで研究を行っています。
Future Energy and Transport Structures
<未来のエネルギーと交通の構造>
Energy-, Transport- and Climate Policy
<エネルギー、交通と気候政策>
Material Flows and Resources Management
<物質循環と資源のマネジメント>
Sustainable Production and Consumption
<持続可能な生産と消費>
ブッパタール研究所では、世界全体の物質の循環、資源の利用について、資源をどれだけ有効に利用したか(=エコ・エフィシェンシー、資源効率性)、だけでなく全体としてどのぐらいの負荷がかかっているのかを調べることが重要だと考えています。つまり、製造・利用・廃棄の段階だけでなく、地球から資源を取り出す段階まで含めた物質循環を重視するという新しい視点で、マテリアルフロー(物質の流れ)を調査・分析しています。製品のライフサイクル・アセスメント(LCA)などの言葉が一般的になる中、これまで触れられることがなかった製品の材料を取り出す工程に、非常に大きなエネルギーが使われていることに着目。グローバルな物質循環の流れを追うことで、「国家の(隠された)体重(Weight of Nations)」という報告書をまとめています。この報告書をまとめたライモンド・ブライシュビッツ博士によれば、人間と技術の関係について興味深い調査結果があるとのこと。同じ最新型のテクノロジーを採用したエコロジカルな住宅でも、住む人次第でエネルギー利用量に2倍の開きがあるといいます。この結果は、地球環境に対するインパクトを低減させるためには、技術の進歩以上に人間自身が向上することが必要だということを示唆しています。「技術と人間の関係性を考えた技術、人間が成長することを考慮した技術開発の重要性が増してきている」と彼は主張しています。
また、現在所長を務めるピーター・ヘニッケ博士は日本とドイツの環境運動の変遷と展望について次のように話してくれました。
「1970年代から、日本やドイツは環境問題の解決に向けて着実に成長してきました。第1段階が行政や産業界への規制対応の要求。第2段階が行政・企業による「出口」対応。第3段階がエコパイオニアの登場による、概念から現場への垂直方向への発展。第4段階が水平方向への爆発的な展開期。ドイツも日本もまだ第3段階。これから第4段階に移行しようとしているところだと思います。」
脱原発、自然エネルギーへの政策転換に成功しつつあるドイツは、まさに今、第4段階に突入し始めています。実際はドイツの方が日本よりはるかに進んでいるという感触を持ちました。
同研究所では最近、日本政府の依頼により、ヨーロッパのエコプロフィット運動について調査を進めています。エコプロフィット運動は、1990年代半ばにオーストリアのグラースで、ローカルアジェンダ21の行動計画(1992年の地球サミットで採択されたアジェンダ21に対して、各国の地方公共団体が持続可能な開発に向けて策定することが求められている行動計画)の策定に向けて、企業を含めた実践のプラットフォームの開発の中で生まれてきました。この運動では中小企業が中心となって、廃棄物、エネルギー、水、輸送に関する「利益を生み出す解決策」を開発しています。より低廉な自然エネルギーの開発など、特にエネルギー産業で活発な動きを見せています。現在、ドイツだけでも40社が参画し、EU全体で123のプロジェクトが動いています。企業が動かなければ社会は変わらない。とはいえ企業の自助努力だけでは新たな市場の形成は難しい。だからこそ、ステークホルダー(利害関係者)を結ぶ優秀な仲介役がプロジェクトの成功のカギを握るという認識がドイツでは浸透してきています。プログラム、教育、情報公開と共有、アジェンダの設定。これらをいかにうまくやるか、というときに、分析学、社会学、心理学など、多岐にわたる知識と経験が求められることは間違いないでしょう。
ヘニッケ博士は日本とドイツの関係について、次のように語ってくれました。
「水平展開期のキーである地方分権では、日本よりドイツが進んでいます。経済のグローバル化が進む中で、地域経済が競争力を持つとはどういうことでしょうか?それは地域に根ざした雇用と産業を生み出すことです。これが地域経済に安定をもたらすと考えられます。そのような地域の課題に対するソリューションは"ゼロからつくる"ものではありません。"新しい協力関係の中からうまれる"ものなのです。つまり最後に重要になるのは、関連する人をどのように組織するか、ということなのです。今、日本とドイツは共通の未来に向かって進もうとしています。両国が地域レベル、国家レベル、そして国際的な舞台において、コラボレーションをおこなっていく可能性は大いにあると感じています。」
目次へ移動 BedZEDプロジェクト ~化石燃料からの脱却を目指した住宅開発~(イギリス、ベディントン)
ロンドン近郊のベディントンにある、下水処理場の浄水場跡地・再開発プロジェクトとして1999年~2001年6月までおこなわれたベディントン・ゼロエネルギー・デベロップメント、通称BedZEDプロジェクト。総事業費約30億円という、英国で初めての大規模なカーボンニュートラル(二酸化炭素の増減に影響を与えない)なコミュニティ開発であり、省エネルギーに関して幅広い可能性を示唆している開発プロジェクトです。
BedZEDのコンセプトはプロジェクト名にもなっているZED、すなわち "Zero fossil fuel Energy Development"(化石燃料ゼロの開発)です。地域の開発公社であるピーボディー財団とパートナーシップを組んでいる2つのキーとなる組織、バイオリージョナルとZEDファクトリーが、このコンセプトを市場において実現可能なものとして結実させました。
バイオリージョナルは、「地球一個分の生活」="One Planet Living"(以下、OPL)を提唱するNGOです。彼らのコンセプトは、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学のウィリアム・リース教授らが開発した指標、「エコロジカル・フットプリント」に基づいています。エコロジカル・フットプリントとは、1人の人間が生活するために、地球の表面積をどれだけ占有しているのか、エネルギーや食物の消費量から、国ごとにその数値を導いたものです。現在英国人1人当たりが占めている地球の地表面積は、6.7ha(日本人は5.94ha)。この生活を60億の人間が行うと、地球が3個必要になります。バイオリージョナルは先進国のこのようなライフスタイルを転換して、60億の人間が地球1つ(エコロジカル・フットプリントでは1人当たり2ha以下)を公平に分け合い、しかも生活の質を向上することができる社会づくりを目指しています。
BedZEDでは1個分までには届きませんでしたが、1.6個分で暮らせるライフスタイルが実現しました。バイオリージョナルのディレクターであるプーラン・デサイー氏はこのプロジェクトをどのように見ているのでしょうか。
「このような比較的大きい規模の住宅供給は初めての試みでしたが、成果はまずまずと言ってよいと思います。分譲、賃貸、オーナー制のほか、政府や地元の自治体によって、看護婦など、この地域に必要な人材用の住宅としても利用されるなど、地域の需要とマッチすることができたことも一つの要因です。特定の世代や客層ということではなく、サステナブルな開発やライフスタイルに対する人々の要求が年々高まっていることも大きな追い風となっているのではないでしょうか。また、OPLというコンセプトがBedZEDの実現によって評価をされてきていると感じます。現在、ポルトガルでZEDコンセプト(化石燃料ゼロの開発)のもと6000世帯の住宅開発プロジェクトを手がけることが決まっています。ここでは、Zero Carbon (二酸化炭素排出ゼロ)と、Zero Waste(ゴミゼロ)を目標にしています。建築家のノーマン・フォスターとともに2000世帯の住宅を供給するプロジェクトも進展しています。」
BedZEDの建築、建材、素材、そして生活のインフラストラクチャーにいたるまでをプロデュースし、特にファシリティーを支えるユニークなプロダクツを手がけたのがZEDファクトリー。このファクトリーを主宰するのは建築家、ビル・ダンスター氏です。BedZedは、建築家として長くサステナブル・ビルディングを志向してきた彼の業績のマイルストーンとなったプロジェクトでもあります。(BedZedの開発計画をとりまとめた書籍、「From A to ZED」は必見です。)彼はまさしくZEDのための建築家と呼ぶにふさわしく、建物の超断熱材、敷地内のエネルギー需要を賄う廃木材のウッドチップにより電力と熱を供給するコジェネレーションプラント、水の消費量を削減するため、植物の力を借りて雨水や排水を再利用するシステム、車への依存を最小化するグリーン交通戦略、電気自動車を含めた住民用のカークラブ、電気自動車の電力を製造する太陽電池パネルなどなど、彼の研究と開発の成果は実に多く活かされています。
今後このようなプロジェクトが一般に普及していくためにはどうしたらよいのでしょうか。ビル・ダンスター氏に聞きました。
「このようなサステナブルな建築を手がける際には、現状ではどうしてもコストアップが問題になります。たとえば1000ユニット(世帯)だと事業費全体で15%ぐらいのコストアップとなります。しかしこの規模が5000ユニット(世帯)を越えると、スケールメリットが出て、ほぼ追加コストがゼロになるのです。また、断熱材については30センチを越えると急に冷暖房が必要なくなる、という状況が生まれます。これを我々はステップチェンジと呼んでいます。私は日本の気候の専門家ではありませんが、このように物質投入量の最適なポイントを探っていくことが、きわめて重要だという点では共通しているように思います。」
BedZEDは2000年に、王立建築士協会から"最高のサステナブルコミュニティ開発に関する賞(best example of sustainable construction)"を受賞しました。このような優れたコミュニティ開発の事例が日本でも求められています。こうした開発のためには、優れたパートナーシップの形成が非常に重要になります。このことについてプーラン・デサイー氏はこう語っています。 「なにより大切なのは、解決すべき課題を明確にすること。そして、目標の共有、ディスカッション、優秀なエンジニア。我々はOne Planet Livingというコンセプトがコラボレーションに非常に適したシンプルで強いストーリーであると確信しています。それが社会に共鳴を呼び、社会が変わっていく原動力になります。きっと世界中でパートナーシップを築いていけるでしょう。もちろん、日本の皆さんとも。そう願っています。」
目次へ移動 おわりに
この旅で最も強く印象を受けたのは、早くは1970年代から、長きにわたり強く信念を持ち続け、地球規模の問題を解決しながら新しい未来社会を創り上げようとする「人間」そのものでした。現在環境問題は、世界中どこにおいても高い優先順位で検討されるテーマですが、彼らがスタートしたのは、そのような社会的コンセンサスはない時代です。おそらく想像を絶する苦労があったはずです。そうした苦労を乗り越えてなお、自分たちの信念を貫き、活動してきた人たち。どの研究所、どのプロジェクトにおいても、そういった強い意志を持つ人々の"品格"を見せられた気がします。これから本格的に始まる小舟木エコ村の開発も、おそらく多くの困難が待ち受けていることと思います。それらを乗り越えていくプロセスにおいて、今回の旅で出会った人たちと手をとりあいながら、新しい時代を拓く若者が日本からも育っていくとしたら、それは本当に素晴らしいことではないでしょうか。それこそが、持続可能な社会を創っていく上で最も重要なことなのではないか、そんなことを強く感じた旅でした。
写真・リポート 地球の芽 飯田 航、Think the Earthプロジェクト 上田 壮一