サンフランシスコの青く澄み渡った夏空の下、カストロ通りにあるアイスクリーム店、ベン&ジェリーには、汗を滲ませた客が入れ替わり立ち替わり入って行くのが見えます。ラム・レーズンやブルーベリーなど色とりどりのアイスの注文に笑顔で応対する若いスタッフ達は、社会的な問題の解決にビジネス的な手法を取り入れたNPO組織、ジュマ・ベンチャーズ(Juma Ventures)で働く青少年です。企業の効率的なマネジメントと非営利団体の目的を合わせ持つ、こうしたハイブリッド型のNPOは「ソーシャル・エンタプライズ」と呼ばれ、世界中で増加しています。このカストロ通りのアイスクリーム店もそのひとつですが、カストロ通りといえば、ゲイ・コミュニティとして世界的に有名な地域です。70年代に米国を席巻したゲイ・ムーヴメントの火付け役となった活動家、ハーヴェイ・ミルクもまた、この通りで小さなカメラ店を経営していました。いたる所に象徴的なレインボーフラッグが掲げられ、ゲイ・ムーヴメント発祥の地としていまだに当時の面影を強く残しているこの土地に、若き社会起業家という、また新たな運動のシンボルが生まれようとしています。
目次へ移動 ビジネスとNPOを融合させるジュマ・ベンチャーズ
目次へ移動 1台の屋台からはじまる社会起業家の挑戦
潮の香りのするサンフランシスコ湾沿いにオフィスを構えるジュマ・ベンチャーズは、低所得者や家庭に問題を抱える14-29歳までの青少年に対して、雇用の機会と技能向上のための職業訓練プログラムを提供しています。冒頭に述べたアイスクリーム店舗「ベン&ジェリー」のほか、サンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地「パックベル球場」の売店など5つの事業を展開し、現在は200人以上の青少年を雇っています。ジュマの目的は、「雇用の機会が与えられていない青少年に対して、ビジネス的な手法を用いてその機会を提供し、青少年の育成と事業による利潤性の双方を同時に追求するという新たなパラダイムを創出すること」です。ジュマが提供する仕事についた青少年は、これまでに1,500人を超えています。ちなみに、"ジュマ"とは西アフリカに位置するガーナのアカン語で「仕事」を意味し、スワヒリ語、トルコ語、ペルシャ語などでも幅広く使われている言葉だそうです。
ジュマ設立のきっかけは、1991年にさかのぼります。ホームレスの青少年に食べ物や衣類を支援するNPO「ラーキン街青少年センター」(LSYC)で働いていたダイアン・フラネリー氏は、青少年を自立させるためにはもっと有効な方法があるのではないかと考えていました。たとえば、職業訓練を効果的に行うことで、仕事のスキルを身につけ、自立への道が開けてきます。フラネリー氏はこの考えをさっそく実行に移し、LSYCの内部プロジェクトとして1991年にジュマを発足させました。試行錯誤を繰り返しながらも、1994年には最初のビジネスとなる「屋台アイスクリーム」(ICOW:Ice Cream on Wheels)を立ち上げ、地元の祭りやイベントでアイスクリームを売る屋台の運営を開始しました。その後、1995-96年にサンフランシスコ市内にある3つのアイスクリーム店の経営権を買い取り、雇用枠を増やしていったのです。
この屋台と3つのアイスクリーム店舗は、全米に120店舗を展開する「ベン&ジェリー」のフランチャイズ店です。米国バーモント州の小さな手作りアイスクリーム店から始まったベン&ジェリーは、約20年で1億6000万ドル規模の企業に成長し、日本ではセブン・イレブンなどでも販売されています。コミュニティ支援や環境保護に力を入れるなど、社会貢献を重視した企業哲学をもつ企業として有名なベン&ジェリーや、ほかの社会的責任を重視する企業と提携し、ジュマは1996年に正式に独立を果たしました。
目次へ移動 なぜ自らビジネスを運営するのか?
ジュマは、食べ物や衣類を提供する既存のホームレス支援NPOとは異なり、自立支援のための実践的な職業訓練プログラムを用意しています。それでは、具体的にどのような青少年を対象にして、どのような職業訓練を行っているのでしょうか?まず、ジュマが対象としている青少年とは、サンフランシスコ市内に住む低所得者層の青少年のすべてとなります。米連邦政府で定められている貧困層は4人家族で年収1万8,000ドル以下と定められており、現在、サンフランシスコ市の貧困層は25万人、そのうちの5万人が青少年と言われています。
この条件に見合う青少年は、2つの面接を受けることになります。第一次面接は、「ケース・マネジャー」と呼ばれる個々の事例や必要性に応じて適切な対処法を見いだす専門スタッフにより行われ、家計の状況から、ドラッグやアルコール中毒に陥っていないかの確認まで行います。ジュマでは、ドラッグやアルコール中毒の青少年の雇用は基本的に行っておらず、それぞれのケースに応じて最適な支援組織を紹介することにしているのです。次いで第二次面接では、事業面のマネジメントを行う専門スタッフの「ビジネス・マネジャー」が、アイスクリーム店や野球場の売店など、どの職業が本人に合っているかを本人と話し合い、最適な仕事に就けるようにします。
ジュマでは、野球場のスタンドや売店の仕事など、青少年向けの職業を「ジュマ・エンタプライズ・ジョブ」と呼んでおり、現在はそこで207人の青少年が働いています。ジュマ自ら事業を運営することで、雇用枠を生み出しているのには理由があります。それは、中高卒向けの就職市場が年々縮小しているため、17-18歳の青少年が初級レベルの仕事につき、15-16歳の若年層はそのしわ寄せを受けて初級レベルの仕事ですら見つけるのが困難になりつつあるからだそうです。また、英語があまり話せない移民、マイノリティ、さらに精神疾患や犯罪歴をもつ青少年は、仕事を見つけるのがより難しい状況にあります。そこで、彼らに雇用機会を与え、仕事の経験を積み、自分を高めるための資産作りのために、ジュマが自ら雇用の受け皿を作る必要があったのです。
実際に、ジュマで雇われた青少年のデータを見てみると、そのうちの23%が精神疾患、31%がホームレスの危険性、22%が犯罪歴をもっており、一般企業で雇用機会が与えられる可能性の低い青少年が多いのです。ホームレスの危険性というのは、貯蓄がほとんどないため、家族の働き手が仕事を失ったら翌月の住居費を払えずに即座にホームレスになる危険と隣り合わせにあるという意味です。給料が低いので、貯蓄がまったくできない非常に不安定な状況にある青少年が大勢います。ジュマの事務局長を務めるジム・シュアー氏は、「ジュマが青少年を対象にしているのは、この時期に人生の進路が決まってしまい、取り返しのつかないことになるケースが多いからです。本来は、両親や学校、政府機関が支援すべきですが、うまく機能していない場合がほとんどです。ジュマは、自らビジネスを運営することで、雇用を創出し、資産作りまでアドバイスします。この点で、教育プログラムだけしか提供せず、仕事探しは青少年に託されるほかのNPOとは大きく異なっているのです」と説明しています。
もちろん、青少年の自立への道のりは平坦ではありません。通常の企業ならば即座に解雇したいような状況であっても、ジュマには根気強く彼らを教育することが求められるのです。ジュマでは4段階の職業訓練プログラムを作り、効果的な職業教育を行っています。まず、仕事始めに受ける新規採用者のための訓練、次に同僚による訓練、管理者のための訓練、そして経営者のための訓練です。 それぞれの成長段階にしたがってこれらの職業訓練を受け、段階が変わるごとに給料が上がって行く仕組みになっています。ジュマで青少年が働く期間は平均して1年半から2年で、その後はほかの企業に巣立って行きますが、その間にこの4段階の職業訓練を受けながら仕事のスキルと給料を高めていくことができるのです。冒頭で紹介したカストロ通りにあるベン&ジェリーでも、スタッフはすべてジュマの職業訓練を受けており、店長のアネッタ・ルシオ(Annette Riccio)さんも、初級レベルから働き始め、次第にマネジメントのスキルをつけていったそうです。
目次へ移動 評価システムと多様なプログラム
ジュマは、それぞれの仕事についた青少年が、実際に仕事をしているか、また職業訓練の成果や財政状況を確認する目的で、半年おきにフォローアップの面接を行っています。2年間にわたって行われるこの職業評価システムによると、1年目は初級レベルの仕事についている青少年がほとんどですが、2年目には彼らの多くが責任者や管理者の立場に昇進しています。さらに、多くの青少年は、ジュマで働くようになってから2年ほどでジュマを離れ、より条件の良い仕事についているというデータが出ています。たとえば、就業時の時給が7.82ドルだったのに比べて、それから17-28カ月後のジュマの仕事は時給8.07ドル、非ジュマの仕事は時給9.72ドルとなり、大幅に増加しているのです。
ジュマでは、2年間を大きな節目と考え、それまでにより条件の良い仕事につくか、大学への進学を目指すことを青少年に呼びかけており、そのためのさまざまな教育プログラムを用意しています。たとえば、貯蓄を増やすためのプログラム「フューチャーファンズ」は、青少年のための最大規模の資産プログラムとして全米で高く評価されています。シティバンクの支援により、手数料や口座維持費を無料または低コストに抑えた銀行口座を開設し、お金を貯めることができるのです。この口座は教育やコンピュータ購入などカテゴリー別に貯蓄することができ、マッチング制度により、教育分野では貯めたお金の3倍、それ以外では2倍の金額が寄付されるという仕組みになっています。ほかにも、メリルリンチの協力により、お金との上手なつきあい方から資産運用の基礎までを分かりやすく教えるワークショップを開催し、効果的に資産を作り、それを運用していくノウハウを学ぶことができます。フューチャーファンズは大きな注目を浴び、現在はデジタルディバイドの解消を目指すオプネット、若い女性向けのNPOであるガールソースなどでも同じプログラムを導入しています。
また、青少年のなかには、大学進学を遠い世界のように感じている人も多いといいます。そこで、実際に大学に青少年を連れて行き、大学での生活を体験してもらうことで自分も大学で勉強できるという自信や希望を持ってもらう「カレッジツアー」を実施しています。UCLAやサンタクララ大学を含む多くの大学で、ジュマ出身者や似たような背景を持つ大学生に、専攻分野やキャンパスライフについて語ってもらうのです。ツアーに参加したダミアン・ビースリー(Damien Beasley)君は「カレッジツアーに参加したことで、僕の人生の方向性が定まったよ。大学に行くことが、一番賢い選択だって確信したんだ」と語りました。ジュマによると、先輩の話やキャンパスの雰囲気に触発され、カレッジツアーに参加した青少年の40%がその後大学に進学しているそうです。
目次へ移動 新しい形態のインキュベーター事業
当初はうまくいくかどうか懐疑的に見られていたジュマですが、現在では、ベン&ジェリーやパックベル球場など、ジュマが運営している事業による売上が200万ドル、資金集めや寄付による資金が200万ドル、合わせて400万ドルの予算を運営して大きな成功を収めています。事業売上の200万ドルは、スタッフの給料、職業訓練を含めた事業面の支出に使われ、残りの200万ドルは運営にかかる諸経費、オフィス代や電気代のほか、資産運営プログラム、学校に行くためやコンピュータを購入するためのマッチング制度に使われています。
10年の節目を機に、ジュマは2001年、また新たな試みを開始しました。それは、青少年の社会起業家を対象にしたビジネス・インキュベーター事業「ジュマ・エンタプライズ・センター」です。ジュマがソーシャル・エンタプライズの分野で蓄積してきた10年間のノウハウを、次世代の社会起業家に伝え、新たなビジネスをつくり出すための資金援助までを含めた事業です。シュアー事務局長は、「ジュマ・エンタプライズ・センターは、まったく新しい形態のインキュベーターです。インキュベーター自体は珍しくないのですが、ソーシャル・エンタプライズと社会起業家に対象を絞ったインキュベーターは、これまで存在していませんでした」と語っています。
ジュマ・エンタプライズ・センターから投資を受け、現在事業を運営している企業に、ヨセミテ国立自然公園でロッジを営むエバーグリーンが挙げられます。エバーグリーンは、ジュマの投資を受け、3人の社会起業家が作った企業であり、ジュマの青少年もそこで働いています。同事務局長は「資金、ビジネスモデル、そしてスタッフともに、ジュマの協力のもとに行うことができるのです。これは、社会起業家に事業を実践する機会を与えるだけではなく、青少年にさらなる雇用機会を与えることにつながります。非営利であるジュマと、利益を追求する企業がパートナーシップを組んで、ビジネスを行っている最適な例です」と説明しています。
これまで見てきたジュマの職業訓練、資産運用プログラム、カレッジツアー、そしてインキュベーター事業は、そのどれもが青少年が社会的に、そして経済的に自立できるように綿密に構築されたものです。そのなかでも、ジュマがとくにユニークな点は、仕事を通して青少年に自立のためのライフスタイルそのものを提案していることなのではないでしょうか。
目次へ移動 増える社会起業家とソーシャル・エンタプライズ
目次へ移動 ゴルフ会社役員から、社会起業家へ
ここ数年、社会起業家やソーシャル・エンタプライズが米国で急速に増えています。シュアー氏もまた、ビジネスの世界から、ソーシャル・エンタプライズに飛び込んだ1人なのです。以前は大手ゴルフ会社に務めており、日本市場向けの新製品やサービスの開発のために何度も来日したことがあるそうです。その後、いくつかの企業で働きましたが、お金よりももっと人生のなかで意味のある充実した仕事がしたいと思うようになっていきました。そんなとき、ビジネス的な手法を使いながら社会問題の解決を目標とする「ソーシャル・エンタプライズ」の話を聞き、興味をそそられました。もともと、ノースウエスタン大学のビジネススクール時代、「責任あるビジネスのための学生達」(Students For Responsible Business)という組織を立ち上げ、社会的責任を重視するMBA学生の支援を行ってきたので、自分がやりたいことに近いと感じたそうです。ちなみにこの組織は、現在も「ネット・インパクト」と名前を変えて活動が続いています。
シュアー事務局長は言います。「私は、根っからのビジネスマンだと思います。だからこそ、ソーシャル・エンタプライズの可能性に興味をもったのです。社会問題の解決とビジネスという2つの分野は、これまでは別々のものと考えられており、本当にそれを統合することができるのだろうかと疑問もありました。だからこそ、ビジネスマンとして、このアイデアに惹かれたのです」
しかし、2000年当時、明確なビジネスモデルを打ち出して成功しているNPOはジュマのほか、数えるほどしかなかったそうです。同氏の大きなキャリア転換に対する家族の反応はさまざまで、同氏の母は喜んで応援してくれたものの、父は給料が高く地位のある仕事を辞めることに対しての理解を示してくれませんでした。
同氏の父の考えが、大多数の意見であるのは事実でしょう。給料は以前の3分の1程度になることが分かっており、自分の人生を大きく変えることになる決断です。しかし、シュアー事務局長は、ジュマでの経験を通して得たものを考えると、ソーシャル・エンタプライズの世界に思い切って飛び込んで満足していると言います。「企業勤めをしていた頃と、多くの面でまったく違っていますよ。まず、人が違います。米国の企業は白人男性が中心の世界でしたが、ジュマでは実にさまざまな人種や民族、背景をもつ人々が集まっています。みな自分達がやっていることに誇りを持ち、いきいきと輝いていますし、違いを超えて互いの人生をよりよい方向に変えていると実感できるのです。」
目次へ移動 高まる学術分野での研究
現在、米国に数百存在するといわれるソーシャル・エンタプライズは、学術分野での研究もここ数年で盛んになっています。10年前には、米国でソーシャル・エンタプライズに関する講座を開講しているビジネススクールは皆無であり、自分のキャリアとして社会起業家を考えるMBAの学生もいませんでした。しかし、いまでは「社会的責任」や「持続可能なNPO運営」に関して、多数のビジネススクールが研究テーマとして取り上げ、スタンフォード大学やハーバード大学など合計80校以上がソーシャル・エンタプライズ部門を立ち上げています。ジュマの元最高執行責任者であるクリス・ダイグルマイヤー氏も、スタンフォード大学のソーシャル・エンタプライズ部門「ソーシャル・イノベーション」を立ち上げ、事務局長を務めているのです。
英国では、80年代から英国政府や大学との協力関係のもとにソーシャル・エンタプライズが発達しており、比較的長い歴史をもっています。米国では、どちらかというと民間の寄付や基金により運営されており、草の根的な色が濃いそうです。また、注目を浴び出したのも90年代に入ってからです。その一因に、インターネット・バブルで急に億万長者となった大勢の起業家が、その富を社会に還元しようとしたことが成長のきっかけになったと言われています。しかし、ネットバブルがはじけた後も、社会起業家への興味は失われるどころか、ますます大きくなっています。バブル期の資金は、トレンドを後押しするうえでは重要でしたが、それだけではない要素が米国におけるソーシャル・エンタプライズの盛り上がりを支えていたということです。
それでは、その要素とは何でしょうか?シュアー事務局長によると、主要な要因は、NPOであってもマネジメントの手法を取り入れて目的を明確にし、効率的な経営を行わなければ持続可能な運営はできないという、NPO運営者の意識の変化だと言います。持続性があってこそ、NPOはやりたいことに集中できるのです。現在、ほとんどのNPOでは予算を寄付に頼っており、寄付が減ることで実質的な運営が滞る場合もあります。一方、運営自体で利益を出していくモデル作りをすることで、寄付や募金に頼らなくても活動を継続し、さらには余剰利益を新たなプロジェクトに投資することができるのです。体力のある組織作りをすることで、優れた人材もNPOの世界に入ってくるようになれば、さらなる相乗効果が生まれるでしょう。
目次へ移動 21世紀型の組織作りを目指して
目次へ移動 横のつながりと、政府への働きかけ
雇用数やプログラムの種類を順調に伸ばしているジュマですが、数々の課題も残っています。とくに、ホームレスの問題は米国の大都市では大きな社会問題となっており、個々のNPOがホームレス支援を行うだけで解決できる問題ではないほど深刻です。シュアー氏は「ホームレス問題は、80年代後半のレーガノミクス時代に、新たな経済政策が導入されたことで作り出された比較的新しい問題なのです。この解決には、やはりNPOだけではなく、政府とともに政策を一緒に考えていく必要があります」と語ります。ここ数年でホームレス問題を大きく解決したフィラデルフィア市とニューヨーク市では、市政府とコミュニティ・ベースのNPO組織が政策レベルで協力して問題解決に当たっています。政府は、政策の決定権をもつという点で重要ですが、どのようにコミュニティのリソースを使えばいいかを熟知したNPOの力を必要としています。そこで、市政府がコミュニティ・ベースの組織と協力し、この2つのセクターが共同で作業に当たることが、問題解決の早道になりつつあるのです。
ジュマも、根本的なホームレス問題の解決に当たるため、市政府に積極的に働きかけ、協力体制を取っています。現在、ジュマのようなコミュニティに根ざしたNPOが一同に集まり、市政府に対して効果的な政策や規制を作るためのプラン作りや政策提案を行っているそうです。また、市政府だけではなく、州政府の政策にも影響を与えるため、ロビー団体に近いことを戦略的に行っています。米国では、歴史的にこうしたNPO間の提携や協力体制がうまく機能しませんでしたが、ジュマではそれぞれ独自の得意分野を持つ企業やNPOとの提携を行い、問題解決に当たることを重視しているそうです。今後、このような横の連携がますます増えてくるでしょう。
ほかの課題としては、他社への就職や大学進学により、ジュマを"卒業"する青少年達が、現在どこで何をしているのかを把握することの困難さが挙げられます。彼らがどこで何をしているかをフォローアップ調査することは、巨額の費用がかかるために行われていません。唯一のつながりと言えば、夏のバーベキュー・パーティーや冬のクリスマス・パーティーに顔を出した青年に、近況報告をしてもらう程度です。そこで、ジュマの卒業者達に、現役ジュマ・スタッフに自分の経験を語る「メンタリング・プログラム」に参加するよう呼びかける計画を立てています。ジュマを卒業した後もメンター(仕事や諸活動に関して、人間的な成長を支援してくれる助言者)として戻ってくることで、次世代の若者に経験を伝えることができるし、フォローアップ調査もでき、さらにはジュマ卒業者が間違った道にいかないようにアドバイスすることもできるという、一石三鳥のプログラムです。新たなプログラムを創出するアイデアの提供者として、ジュマ・エンタプライズ・センターが投資する社会起業家としても、一緒に事業を行う可能性があるでしょう。
さらには、投票権の登録(米国では、有権者は事前に登録しないと選挙に行けない)や選挙に行くように呼びかけたり、公共政策に関してのワークショップを行うなど、社会的意識を高めるためのプログラムを強化する予定だそうです。単にいい仕事にありつけるといった以上に、積極的に人々や社会と関わり、自分の人生を自分でコントロールする力を養っていくための仕組み作りともいえます。
目次へ移動 ソーシャル・エンタプライズは企業の未来形である
ジュマの提供している青少年への雇用機会、またライフスタイルの提唱が、財政的な独立とともにうまく機能することが証明されれば、ほかの地域へジュマ・プログラムを拡大することが可能になります。シュアー事務局長は「ベイエリアは、世界有数の高級住宅地がある一方、所得格差と貧困層がますます拡大しています。サンフランシスからベイブリッジを隔てたオークランドでも、多くの若者が貧困に苦しんでいます。まず、このような近隣地域にジュマの職業訓練プログラムを拡大し、ベイエリアの青少年に雇用機会を提供することが当面の目標です。これが成功すれば、ほかの地域のNPOと協力して全米中でジュマのプログラムを提供することも可能だと思います」と説明しています。
現在、サンフランシスコ市だけで貧困層が25万人いるということは、ジュマの挑戦は長期間におよぶことを示しています。自らビジネスを経営し、シティバンクやメリルリンチといった企業と提携することで、社会的問題を解決するジュマのようなソーシャル・エンタプライズは、数あるNPOに比べると、まだ少数派です。しかし、企業の社会的責任がクローズアップされ、NPOマネジメントの効率化が叫ばれる時代、方向性としては単なる利益追求型でもない、利益を度外視したNPOでもない、ジュマのようなハイブリッド型の組織が21世紀の新たな組織形態になる可能性があります。すでに、企業は社会的責任を重視しはじめており、NPOはビジネス的な手法を取り入れたマネジメントを学び、互いに歩み寄っています。企業とNPOの垣根は無くなり、未来の企業の形は、ソーシャル・エンタプライズに近いものになるのでしょうか?この質問に対して、シュアー事務局長はこう締めくくりました。「ソーシャル・エンタプライズとして、いま起こっている変化は、長い転換期における、まだ初期段階に過ぎません。企業とNPOのセクターはより統合を強め、あと何十年かかるか分かりませんが、組織はソーシャル・エンタプライズ的な性質へと大きくシフトしていくでしょう。」
長野弘子@digi-squad.com 略歴
ジャーナリスト/翻訳家
1994年に渡米し、NYの出版社に勤務。2001年7月に帰国。インプレス・インターネット生活研究所でリサーチャーを務めるほか、 「Hotwired Japan」をはじめ多数の雑誌に記事を寄稿。著書に『シリコンアレーの急成長企業』(インプレス)、共著に『1日5分の口コミプロモーション ブログ』(英治出版)、『Bloggers-魅惑のウェブログの世界へようこそ』(翔泳社)、訳書に『なぜYAHOO!は最強のブランドなのか』(英治出版)など。『REVOLUTION OS』、『e-dreams』の字幕翻訳、『マーサ・スチュワートの栄光と影』の字幕監修ほか、BSラジオ局「ミュージックバード」のラジオ番組 『XCOOL』のパーソナリティを務める。
文・写真 長野弘子