1978年。WHOが天然痘の撲滅を宣言したその翌年、私たちに「HIV/AIDS」という新たな挑戦状が叩きつけられました。それから25年以上の年月が経ち、誰しもが当然のごとく知る病いとなったエイズ。昨今では薬も発達し「滅多に発病しなくなった」とか、「情報伝達がうまくいかない第三国でのみ被害が拡大し続けている」などと言われています。では、私たちが住む日本の現状はどうなのでしょう? 日本でもたくさんの人々がエイズ予防や患者のケアサポートのために働いています。現場で活動する人々の話を交えながら、今一度「HIV/AIDS」について考えてみたいと思います。
目次へ移動 HIV/AIDS学入門
まずは「HIV」と「AIDS」がどういうものなのか、その違いが分からないという人のために、簡単に「HIV/AIDS」というものについて話してみたいと思います。
「HIV」=ヒト免疫不全ウィルス(Human Immuno deficiency Virus)
「AIDS」=後天性免疫不全症候群(Acquired Immuno Deficiency Syndrome)
HIVというウィルスに感染することにより、「AIDS」という病気になるわけです。AIDSに感染すると、他のウィルスや細菌、カビなどの病原体から体を守る免疫を作り出すCD4というリンパ球が破壊され、さまざまなほかの病気を引き起こす可能性が高まるのです。
ちなみにHIVの感染=AIDSの発病ではありません。HIVに感染し、陽性反応が出たとしても、まったく症状が出ない状態(無症候性キャリア)の状態が何年も続くこともあるのです。
また、治療薬の発達と発病を抑える(無症候性キャリアの状態で維持する)治療法の確立によって、96-97年以降AIDS発病者(およびそれによる死亡者)の数がグンと減りました。しかしながら、感染者の数はその何倍もの割合で増え続けているために、私たちはさらにエイズと対峙しなければならない状況になっているのです。
検査を受けてみよう 東京都保健福祉局
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/iryo/kansen/aids/kensa/
厚生労働省 エイズ治療薬研究班
http://labo-med.tokyo-med.ac.jp/aidsdrugmhw/mokuji.htm
目次へ移動 世界/日本におけるHIV/AIDSの現状
WHO/UNAIDSによれば、2005年度末に全世界で約4000万人近い人がHIVに感染していると推計され、今年一年だけでも500万人の人々がさらに追加されると見込まれています。そのなかでもやはり一番の感染者数を有するのが、サハラ以南の南アフリカ地域で、その数は2500万人を優に超えています。
一方、日本での感染者数は約1万人。世界的にみてもかなり低い数値であり、WHOも日本を「ロー・リスクの国」に指定していますが、専門家たちは、日本の感染者数の推移は特殊であると考えています。なぜなら先進国といわれる国々のなかで、感染者数が増加傾向にあるのは日本だけだからなのです。
性教育制度の問題や家庭内におけるディスコミュニケーションなど、さまざまな理由が考えられます。しかし、感染増加を阻止するために多くの人々が現場で地道な努力を続けていることも事実です。
また、こうした行政やNPOなどの取り組みを応援する企業もいます。ザ・ボディショップは、97年から「AIDSはみんなの問題です。」をテーマに、特に若い世代に向けて、ドネーション付きのアイテムを販売し、店頭でのキャンペーンを行っています。
HIV/AIDSに対する偏見や差別をなくして、ひとりひとりの人権が尊重される世の中を目指して続けているのです。HIV/AIDSが特別なことではなく、誰もが感染する可能性のあるものだということ。また、みんなが正しい知識と情報を得ることで予防できるもの、というメッセージを送り続けています。店頭では募金活動も行っており、現在行われているキャンペーンでは、カンボジアのAIDS孤児支援、国内の若者のAIDS教育プログラム実施に寄付を行います。
リーバイスは若者を対象としたエイズの予防・啓発活動に力を入れており、Yahoo! JAPANが厚生労働省やエイズ予防財団などの協力で行っている「レッドリボンキャンペーン2005」にも協賛しています。
国連エイズ合同計画(英語)
http://www.unaids.org/
世界保健機構(英語)
http://www.who.int/
エイズ予防情報ネット
http://api-net.jfap.or.jp/
ザ・ボディショップ 「AIDSはみんなの問題です。」
http://www.the-body-shop.co.jp/values/stop_aids/
レッドリボンキャンペーン2005
http://redribbon.yahoo.co.jp/
目次へ移動 東京都の先駆的活動
全国の感染報告のうち4割を占める東京都では、南新宿保健所を中心として、相談や健診体制の充実を図ることにかなり力を注いでいます。南新宿保健所は、全国の保健所に先駆け、平日夜間や休日においてもHIV無料検査や相談窓口を設けたことで有名。しかしながら、予算の削減や議会から「行き過ぎた性教育を行わないよう」指導が入るなど、なかなかその道のりは多難であったとか。
「私のデスクのうえには、毎日毎日感染者の報告が来る。名前や顔は分からないけれど、年齢を見ると若い人ばかり。今どうにかしなければ将来きっと大変なことになってしまう」
そう語るのは、東京都福祉保健局のエイズ対策担当副参事、飯田真美さん。行政として動くにはいろいろと限界もある。彼女は率先して現場で動いている人たちと接し、何をすることが有効な手段であるのかを考えました。
「単に行政とNGOが協力してやっていきましょうというだけでは何も動かない。私は現場で何が行われているのかを自分で知る必要があるのです。それは単なる個人的な興味だけではありません。現場で行われていることを知ってこそ、検査や広報の重要性を身にしみて知ることとなり、それをどのようにすれば行政のフィルターを通して有効な手段に訴えられるか(検査や予防のための予算組みを取ることができるか)ということに繋がってくるんです」
予防意識の普及や啓発活動の必要性や効果を数値化して認識することは確かに難しい。しかし、それを「やってもムダ」といって放り投げてしまうのではなく、小さなコミュニティーからでも堅実にデータを収集することによって、最終的には大きな力となることを飯田さんは信じているのです。
目次へ移動 活動の拠点は"近所の寄り合い"?
そんな飯田さんには、多くの強力な"縁の下の力持ちたち"が存在します。その一部がゲイの人々です。
「AIDS=ゲイの病気」というのは間違った認識ですが、HIV感染者のなかに若年層のMSM(セクシュアリティに限らず、男性と性交渉を行う男性の意、Men who have sex with menの略)の数が比較的多いというのも否めない事実。そのためゲイコミュニティーの内部では早くからHIV/AIDS予防の啓発活動や、AIDS患者へのケア、サポート体制が整っています。
そのなかでも、 2003年に発足したコミュニティー・センター「akta(アクタ)」は、非常に特別かつ重要な役割を果たしていると言っても過言ではありません。
何百ものバーがひしめき合う新宿二丁目は、どうしてもダークなイメージがつきまといますが、そのエリアの目抜き通りに位置するaktaは、おしゃれなカフェと見間違うかのような空間。総勢40名ほどのボランティアスタッフで運営されています。(性別・セクシュアリティはさまざま)。
セルフサービスでお茶を飲みながら、さまざまなエイズ予防団体によるパンフレットや情報がいつでも閲覧できるようになっています。
とはいえ、aktaは特に検査や専門的な相談を受けるための場所ではありません。
「特にここへ来るための目的意識はなくてもいいんです。誰でも普通に遊びに来られて、そこでエイズの話が普通に聞けて、HIV陽性者も安心していられる場所になればいいなと思って」と運営スタッフの張由起夫さんは語ります。
同性愛やエイズは、実はそんなに遠い世界の話ではなかったりする。今の自分がそうではなくとも、そうなるかもしれないわけだし、そうなっている人が自分の家族や友だち、すぐ近くにいるかもしれない。そんなことにもし気づいたら、ちょっとした"ご近所の寄り合い"的な気持ちでaktaを訪れてみるのもいいでしょう。
コミュニティセンターakta
東京都新宿区新宿2-15-13 第2中江ビル301
TEL & FAX 03-3226-8998
受付時間 毎日16:00 - 22:00
http://www.rainbowring.org/akta/
コミュニティスペースdista
大阪府大阪市北区堂山町17-5 巽ビル211
TEL & FAX 06-6361-9300
受付時間 MON - FRI 17:00 - 22:00
SAT 13:00 - 23:00
SUN 13:00 - 18:00
目次へ移動 積極的に「OUT」に生きる
aktaが、全てを受け入れてくれる「IN」の空間だとしたら、その実質的な活動はかなり「OUT」だと言えます。
コンドームをより手に取りやすいものにするため、パッケージをオリジナルデザインで作成。お揃いのつなぎを着た「デリヘルボーイ」たちが、そのコンドームを新宿二丁目にあるゲイバーやクラブイベントなどで配布。
デリヘルボーイは、積極的にデリヘル(デリバリーヘルスの略で、「健康」を「配布する」という意味)していこうという意図のもと集まったメンバーで、いまではゲイコミュニティーにおける新しい顔として定着しつつあるようです。
また、週末にはDJを入れてラウンジパーティーを行う一方、手話や外国語、マッサージなどの指導、HIV/AIDSに関する勉強会など、とにかく楽しいイベントが目白押し。また、ゲイのHIV陽性者支援団体、ぷれいす東京との協力で、「Living Together」という活動を展開。
どうしても影に追いやられがちいな陽性者たちの声を明確化していくためにスタートしたもので、陽性者たちによるトークやライブを行ったり、ブックレットを刊行しています。
最近ではこの活動に共感し、PARSONZのボーカル、JILLさんや、ラッパーのBOOさんなどが、セクシュアリティやHIV+/-の壁を越え参加。小さなゲイコミュニティから始まった動きは、その波紋をどんどん外へと広げていっています。
目次へ移動 「関心」でエイズは撲滅する
私自身、この数年で3人の友人をエイズで亡くしました。しかし、人を失う悲しみは、病気の種類などで変化するものでしょうか。HIVというウィルスは確かに存在しますが、その予防法もしっかりとあるのです。
今の日本において、その予防活動をもっとも邪魔しているものといえば、我々の「無関心」そのもの。「関心」こそが、HIVウィルスと戦うための武器となり、エイズという病気をこの世から排除するための最善の手段であると、早く多くの人に気づいてもらいたいものです。
中村大正 略歴
アポロ16が月面着陸したその3ヶ月後、この世に生を受ける。学生時代はかなりバブリーな生活を送るも、それから10数年経った今、中年太りや抜け毛が気になりはじめ、すっかりオッサン街道まっしぐら!人生の機微を体感しつつあるフリーライター。
取材・写真 中村大正