ブドウを育て、ワインをつくることは、地球上どこであっても、自然の中で人が互いに助け合いながら暮らすことの、ひとつの表現です。
実りの秋。ブドウやワインの生産地としては無名だった北関東の足利で、国産のとびきりおいしいワインをつくっている「こころみ学園」と「ココ・ファーム・ワイナリー」に出かけてきました。
目次へ移動 特別な場所
私がこころみ学園とココ・ファーム・ワイナリーを初めて訪れたのは、8年前。足利市街の大通りを過ぎ、周囲に田んぼや畑が目立ってくると、途中からにょきっと急斜面の山が現れ始めます。はるか頂上までブドウ畑が整備されているのが見え、「あんなところに畑が!」と驚きました。
すばらしい収穫祭を体験してから、ココ・ファームがいっぺんで大好きになりました。ワイン、ブドウ畑、青い空、園生たちの笑顔--。友人にそれらの魅力をひっくるめて伝えようとすると、なかなか難しい。始めから他とは何か違う、特別な場所だと感じたのです。
こころみ学園は、社会福祉法人こころみる会に属する成人の知的障害者更生施設で、入所・通所者はここで就労や生活習慣の訓練をし、自立を目指します。一方、ココ・ファーム・ワイナリーは1980年に園生の保護者たちが出資して設立した有限会社です。
ビジネスとしては、ココ・ファームが学園にブドウの栽培を委託しているという関係です。ワイン好きの間でも評判の高いワインをどのような体制でつくっているのか、経営方針に何か特別の工夫があるのか、彼らの仕事を間近で見て感じたいと思い、今回足利へ向かったのでした。
目次へ移動 たくましい心を育てる
急斜面のブドウ畑がある山は、学園の川田昇園長が特殊学級の教員だった1958年、生徒たちと一緒に作業学習をするために開墾(かいこん)しました。木を頂上から順に切り倒し、渡良瀬川河川敷の肥沃な土を運び入れ、大変な労力を使ってブドウを植えたのです。
1969 年、川田さんは特殊教育や福祉の現状に限界を感じていた仲間とこころみ学園を設立しました。川田さんたちは、障害を持った子どもたちと寝食を共にしながら畑仕事・山仕事に精を出しました。学園に来ると、他では手に負えなかった子がいきいきしてきたり、歩けなかった子が一輪車を押したり、シイタケの原木をうまく運べるようになったりしました。両親やそれまでの指導者がびっくりする事態が次々と起こったのです。
ブドウやシイタケづくりは、そう簡単な仕事ではありません。経験も、知恵も、技術も、体力もいります。その難しい課題に歯を食いしばって繰り返し挑戦し、できたときに感じる大きな喜び。それは既成の教材やプログラムでは、到底およばない体験でした。生活や労働に自信を持つことで、園生たちは見違えるほど変わったのです。
川田さんは自著『山の学園はワイナリー』にこう書いています。
---- 人が人間らしく生きるためには、あるていどの過酷な労働は必要だと思います。どんなことにたいしても、「まだできる」と頑張り、これでもかと挑戦して汗を流して自分のものを築く。そういうことの大切さがわかったとき、ほんものの人間になれるような気がします。 ----
長くここで生活している園生たちは山や畑を知り尽くしています。地域の人に頼まれて間伐作業をやることもあります。山の持ち主は手入れをしてもらい、園生たちは学園で栽培しているシイタケの原木を安く仕入れることができる。お互い様なのです。
「来たときは赤ん坊の手をしていた子が、卒業していくときは百姓の手になる。それは、手だけでなく、たくましい心ができたことでもある」と川田さんは目を細めます。
目次へ移動 こころみ4つのがまん
現在、学園には入所者の定員90人に加えて短期入所者10人、昼間に通ってくる30人ほどの通所者と合わせて約130人の園生がいます。職員は常時7、8人いますが、一緒に黙々と働いているので、ちょっと見ただけでは誰が職員で、誰が園生か、区別がつきません。
ブドウの世話をする人、日がなカラスを追って缶を棒でたたく人、草を刈る人、シイタケの原木を運ぶ人、食事や洗濯、そうじをする人、風に吹かれる人 -- 。学園では、それぞれができることに精いっぱい取り組んでいて、大きな家族のように支え合っています。
川田園長はいつも「意欲の原型は飢餓(きが)にある」「意欲を持って働くことが人には大切なことなんだ」と言っているそうです。学園事務局長の佐井正治さんが、学園には「こころみ4つのがまん」があると教えてくれました。
* 「暑い」のがまん
* 「寒い」のがまん
* 「眠たい」のがまん
* 「腹へった」のがまん
仕事から戻って飲んだ冷たい水のおいしさ、疲れて入ったお風呂の温かさ。その感激が充実感となって体にしみこみ、「また明日がんばんべっ!」の活力になるのだそうです。
そう言われて我が身を振り返ると、いつもパソコンに向かって仕事をした気になっている自分が、すごく半人前に思えてきたのでした。
目次へ移動 いよいよ急斜面での収穫です
9月初旬、学園の畑で一番先に収穫するのは、スパークリングワインに欠かせないリースリングリオンです。リースリングと甲州三尺のかけ合わせで、日本で改良されました。畑は山の上方に帯状にあります。
収穫日、先に畑に登った園生を後から追いかけました。農道から畑に入ると、思ったよりもすごい急斜面です。所々よつんばいにならないと登れないほどで、もしかしたら傾斜45度くらいはあるかもしれません。息が上がり、汗がにじみ、ようやく園生たちが収穫している場所にたどりつきました。
取材に来た私たちを見つけた園生が、とりたてのリースリングリオンを「ほら、1個食うか?」と差し出してくれました。その1粒のおいしかったこと! 作業中にもかかわらず、園生たちは次々に「こんにちはー」「どっから来た?」と明るく声をかけてくれます。
収穫は、はさみでパチパチと房を切る係と、それを集めて運ぶコンテナ係に分かれて行っていました。黙々と作業をこなしている人が多いのですが、たまに座り込んでいる人、草をいじっている人、鼻歌を歌っている人もいて、どこか和やかです。作業は横に移動しながら行われ、1列終わると下に移ります。「コンテナ、こっち!」。叫ぶ園生の声が畑に響きます。
ヴィンヤードディレクターの曽我貴彦さんによれば、「日本では有名なブドウ品種でないといいワインができないという考え方がまだ根強い」そうです。ココ・ファームではリースリングリオンを始め、看板ワインの「第一楽章」に使うマスカット・ベリーA、ノートン、タナなど日本ではほとんど無名のブドウが多く栽培されています。知名度よりも日本の気候や土壌に合う品種を試しているのです。
「園生がいなかったらここまで手間ひまかけられませんし、こだわれません」と曽我さん。やはり園生あってのココ・ワインなのです。曽我さんは日本らしい繊細なワインの完成度を高めたいと、夢を語ってくれました。
目次へ移動 醸造責任者のブルースさんに聞く
ココ・ファーム取締役で醸造責任者のブルース・ガットラヴさんはUCデイビス校で醸造学を学んだ後、ナパやソノマの有名なワイナリーでコンサルタントをしていた優秀な技術者です。
ブルースさんは来日直後、言葉も、文化や習慣も分からず、つらい時期があったそうです。そんなとき障害を持った園生たちと自分が同じ立場にあることを感じ、心が通じたと言います。「彼らと僕は同じ仲間」と話してくれました。
目次へ移動 世界に誇るパッション
世界から見てココ・ファームの特徴は何ですか?
日本で良いブドウを作るのは簡単ではありませんが、我々はそれを情熱で補っています。スタッフには新しい伝統をつくる気概があります。ヨーロッパでは千年以上のワインの歴史があり、完成した感がありますが、良いワインをつくるためにはそのくらい長い時間がかかります。
日本は気候・風土も食文化もすべてヨーロッパとはまったく違います。ゼロからブドウの栽培方法を模索し、独自のワインをつくらなければいけません。スタッフはそのことをよく理解していて本当に一生懸命やっています。
もちろん園生たちも。みんなどんなに疲れても翌日は朝から仕事に出てくる。どんなに暑くても、寒くても、雨が降ってもがんばっている。ここの特徴は何かと言われればパッション。世界に誇れると思います。
目次へ移動 大きくしない冒険
今の経営規模についてはどう思われますか?
現在の生産量は約16万本。増やすことがあっても20万本くらいまででしょう。ワイナリーの存在目的は学園の皆さんと一緒に働くことだからです。増産すれば効率が優先され、厳しい判断が増えます。我々はそういうことはやりたくない。
会社としては大きくしない冒険なのでしょうか?
生産規模を変えずに経営を維持するためには、できるだけ価値のある商品をつくり、無駄をはぶく努力が必要です。ワイン以外のカフェや売店の販売を伸ばすこともひとつの方法だと思っています。
モチベーションの持ち方は難しいけれど、目標は「昨日よりもう少し上手に仕事をやり、去年よりおいしいワインをつくること」。十分におもしろいチャレンジです。
目次へ移動 全国を走り回るブルースさん
足利以外にも畑や契約農家がありますね
国内には北海道、山形、山梨など14カ所に購入した畑や契約農家があります。収穫直前に足を運び、収穫のタイミングを農家と相談します。完熟のブドウを集めるために収量制限(*)や遅摘みをお願いし、ギリギリまで収穫を待ってもらいます。
有機栽培や無農薬の場合、遅摘みは病気のリスクが増えるので農家にとっては大変なお願いです。基本的には畑の面積当たりの収入を保証していますが、私が足を運ぶことは大切だと思っています。
*収量制限 実がなりすぎると各ブドウに入る旨みが減るので、実を青いうちに減らして旨みが多く行き渡るようにすること
自ら全国各地の畑に足を運び、話し合いを重ねることで農家と信頼関係を築きたいと考えるブルースさん。誠実な方でした。
目次へ移動 ココ・ファーム専務の池上知恵子さんに聞く
お店のレイアウトや商品開発を手がけている学園理事でココ・ファーム専務取締役の池上知恵子さんにお話を伺いました。池上さんは川田園長のお嬢さんで、とてもチャーミングな方でした。
ワイナリーのカフェやショップもとても素敵で、ここでお昼を食べるのを取材前から楽しみにしていました。
目次へ移動 3つのS
商品開発はどのようなコンセプトでやっているのですか?
シンプル、シンメトリー、シックの3つのSを大切に考えています。ひとつはワインの赤が素敵に見えるようにするため。建物だったら鉄やコンクリート、石など素材そのままを生かす。事務所もベニヤ板が貼ってあるだけで、ペンキは塗りません。チープ・シックは私の好きな言葉ですが、お金があまりかけられないということが大きいですね。
目次へ移動 「はた」を楽にする
働くという概念が、ここではいわゆる賃労働とは違いますか?
ここで働くことは「はた」(周り)を楽にすること。1時間当たりいくらという賃労働とは、ちょっとちがいますね。園生の仕事も8時から6時までといった種の労働ではないし、ブドウの酵母も週40時間労働ではありません。
例えば、雨が続くことは誰のせいにもできません。「困ります」と言えないわけですよ。同じように障害を持ったことも誰のせいにもできません。ここでは、そういうことが全部複雑にからみ合ってひとつのものをつくっています。
いいワインに必要なのは、そうした複雑さ、バランス、味わいの長さかもしれません。熟成させることによって、はじめて真価を発揮するワインもあります。
園生たちは数千円のお小遣いを配ると、街でうちのワインを買ってきてしまう。園生にとって働くことは生きること。働かされているという概念ではなく、誇りを持って仕事に取り組んでいます。
目次へ移動 1本の缶コーヒー
いい仕事って損得で考えると、なかなかできない。本当に豊かな仕事はある意味、感性で取り組むものなのかもしれません。学園に缶コーヒーが何よりも好きなKちゃんがいて、何度尋ねても、100万円よりも、100本の缶コーヒーよりも、「1本の缶コーヒーが好き」と答えてくれます。私はこのやりとりが大好きでみんなに話しています。今の私たちは貯蓄や投資の知識はあっても、「1本の缶コーヒーをおいしく飲む」という大切なことを忘れかけているように思うからです。
目次へ移動 プロの仕事だから
福祉と経営を両立しているとお考えですか?
そもそも学園ではワインの製造免許が下りないと言われ、それで有限会社を作ったのです。そして、有限会社は農業ができないから、学園にブドウの栽培を委託しているわけです。「おいしいワインをつくってみんなに喜んでもらおう」を目標に、法律や社会制度にその都度合わせてきたら、今の形にたどりついた。だから、「両立」という概念とは少し違うなあと、最近思うのです。
ワインはおかげさまでいろんな方に買っていただいていますが、うちには営業担当がいません。だから、おいしいワインはすごく大事な要素。カフェにも「おいしいワインが飲みたいから」と足を運んでもらいたい。
私たちはエコだとか、ワインの世界でいう自然派、あるいはコミュニティービジネスといったカテゴリーにくくられやすい。でも、そう言われるうちは、まだアマチュア。福祉や自然派といったことは後から分かればいい。プロの仕事なら、ブドウ1つひとつにすべてかさをかけたり、徹底的に選別したり、最先端技術を取り入れたりすることは、いちいち取り出すものでなく、全部交じり合っているものですから。
目次へ移動 終わりに
池上さんに「オスピス・ド・ボーヌ(*)というフランスのワイナリーを知っていますか?」と聞かれました。ブルースさんもそうですが、池上さんも世界各地のワイナリーをよくご存知で、よく研究しています。経営的には生産量を中規模クラスで打ち止めすることは「大きくしない冒険」なのかもしれません。しかし、100年、200年と畑や施設が持続可能であるための方策は、真剣に考え続けているのです。
*オスピス・ド・ボーヌ 1443年、ブルゴーニュ公国の財務長官ニコラ・ロランが私財を投じてつくった施療院。富裕層が貧しい人々のために寄進したブドウ畑を多く所有し、今ではブルゴーニュ有数のワイナリーに。理事はボーヌ市長。毎年、ワインはオークションにかけられ、その落札費が建物の管理費や運営費に使われる。
日本では近年、福祉の制度や法律が目まぐるしく変わっていますが、その書類上のルールが園生にとって本当に幸せなことなのか、常に問い直す作業をおこたっていません。
ボーヌのように日本にはまだない公的なワイナリーの運営方法なども参考にしながら、足利の地で障害を持った園生たちが末永く幸せに生きられるこころみを誠実に続けているのだと思いました。
岩井光子 略歴
ICU卒。地元の美術館・新聞社を経てフリーに。2002年、行政文化事業の記録本への参加を機に、地域に受け継がれる思いや暮らしに興味を持つ。農家の定点観測をテーマにした冊子「里見通信」を2004年に発刊。現在、「れすぱす」ライター、地球ニュース編集スタッフ。高崎在住。
取材・執筆:岩井光子
写真・編集:原田麻里子(Think the Earthプロジェクト)