「森林浴」は、バブル経済が崩壊する前の1980年代の高度成長期がピークを迎えようとしている時に、提唱された言葉です。それから30年経た今日、「森林浴」は「森林セラピー」へと、森が人の健康に及ぼす影響の科学的な検証とセラピーを受ける森の環境整備という実態を伴った形に進化しています。
そこには、持続可能な社会の実現に向けた人と自然の関係性のあり方や森林を活用して地域と都市を活性化させる価値のサイクルなど、未来のデザインが詰まっています。
「森林セラピー」とそのコンテンツを活用している高知県梼原(ゆすはら)町を取材しました。
目次へ移動 森を歩く
若い毬栗(いがぐり)が水流に乗って森歩きの伴走をしてくれました。
ここは高知県梼原(ゆすはら)町の松原地区にある森林セラピーロードです。全長3kmのロードの特徴は、およそ100年前に開拓された農業用水路(6km)が並走していることです。歩いていると水の杖をついているような不思議な心地よさを感じます。反対側には、四万十川の支流の一つである久保谷渓谷が清流の音を響かせながら下っています。
「水路の流れは、お母さんの胎内の血流の速さと同じだそうですよ」
森の案内人である認定森林セラピーガイドの下元廣幸さんが教えてくれました。
日本が森林などの環境資源に恵まれた国であることは、都市圏に暮らしている私たちには実感が持てないことです。土地の総面積に占める森の割合を森林率といいますが、世界全体の森林率は30%で、これに対して日本は67%もあります。世界有数の森林国なのです。ちなみにアマゾンの熱帯雨林を抱えるブラジルは57%、森の国とイメージされるカナダは34%です。
高知県の森林率は84%で日本一です。そのため国土交通省の水質検査(2010)で日本一の水質となった仁淀(によど)川をはじめ、四万十川、吉野川といった清流が流れる土地柄です。梼原町はさらにその上をいく森林率91%という森の町です。
「雲の上の町」というフレーズがつく梼原町は、四国山脈の真ん中に位置し、町内の標高差が1000m以上もある自然のスケールの大きな町です。
今、この町は、日本全国から訪れる視察で賑わっています。その視察の目的は、環境です。
梼原町は、2009年に温室効果ガスの大幅な削減に取り組む「環境モデル都市」に指定されました。全国13自治体で、行政単位が町で指定を受けたのは北海道下川町と梼原町だけです。すでにmore treesの第1号の森やANA(全日本空輸)の森など、NPOや企業と協働で森づくりをしている事例がたくさんあります。
目次へ移動 森林セラピー、それは人と森の関係の再発見
「森は、現代人の再生の場です」
森林セラピーソサエティの事務局長・河野透さんに説いていただきました。
河野さんは、森林セラピーに関わる前は、SONYでブランドコミュニケーションの仕事に携わってこられました。ウォークマンの名付け親でもあり、テクノロジーの力で新しいライフスタイルを世界中に広めてきた方です。SONYを退かれた後は、森が人の暮らしの質を高める新しいライフスタイルを創造しようと考えて、活動されています。
「森」は環境問題を語る時のシンボルです。それは、森が水と空気を作るところであり、生物多様性の宝庫であるからです。私たち人類の課題として、その森を守ることと、森を増やすことは、すなわち私たちと地球を守ることであり、持続可能な社会の実現のためには欠くことのできない核心です。
経済成長に伴って世界中で急速に進む都市化、2030年には人類の60%にあたる49億人の人々が都市で暮らすと予測されています。都市生活者にとって、環境問題で取り上げられる「森」は、「都市」とは隔離された「森」としてイメージされます。
空気や水などの自然の恵みに所有者がいないのは子どもでも理解できるのに、「森」に土地の概念が付着すると、たちどころに「売買」とか「相続」といった現代社会のロジックが現れて、本来は不可分であるはずの地続きの自然として捉えるのが難しくなってしまいます。
森林セラピーは、その切り離された自然と都会ではなく、本来の森と人との関係を再発見し、社会における森と人の関係を再構成する具体的な処方です。
「森林セラピーには、人も勘定にいれた持続可能な社会の実現のために、二つの大きな役割があると位置づけています。それは、ストレス低減によるメンタルヘルス面での予防医療の役割と、癌などへの対抗力が活性化され免疫機能が向上するという予防医療の役割です。森林セラピーソサエティは、森の持っている力を、人が活用し易いように整備し、広げていくための活動を行っています」
森林セラピーソサエティ(理事長は、登山家であり医師でもある今井通子さん)は、2008年より活動を開始したNPOです。
1982年に当時の林野庁長官が「森林浴」を提唱しましたが、その後、森林環境が有する人の健康に寄与する科学的な実験が積み重ねられ、数値データで証明された成果を実践に活かすためにソサエティが創られました。申請と審査を経て認定された森林セラピー基地と森林セラピーロードは、2012年現在、全国に48あります。
梼原町に取材に向かう前に、河野さんから心得を教えてもらいました。
「大切なのは、森で滞在することです。歩くことが目的ではありません。森に包まれてみて下さい」
目次へ移動 森に包まれる
松原地区の森林セラピーロードの途中、山の大地に寝そべって空を眺めてみました。すると森は静かなようで、たくさんの音、たくさんの色、たくさんの香りに溢れて、にぎやかさに満ちているのを感じました。「ああ、森に包まれているな」と感じましたが、森林セラピーガイドの方を待たせている意識が気も急かせました。
「うたた寝しても大丈夫ですよ」
下元さんは、こちらの気持ちにやさしい言葉を添えてくれました。さすが認定を受けたガイドさんはわかっています。
「土は、いつも、こうして宇宙をみているんですね、初めて気付かされました。と、感想したモニターの方もいらっしゃいましたよ」
現在、全国に認定された森林セラピーガイドは600人、森林セラピストは400人いるそうです。この方たちは、地元に暮らす知人がいると旅の体験が深くなるのと同様に、森の力で心が開かれるよう導いてくれます。
目次へ移動 森林セラピーの医学的効果
「森林医学は、まだ生まれたばかりの新しい分野です」
宜保美紀医師は、森林セラピーロードのある松原地区の町立診療所の所長です。
松原診療所は、半世紀前の1963年から週刊誌に連載が開始された小説『白い巨塔』(山崎豊子著)に登場しています。「当時の日本の僻地診療所の典型だったんでしょうね」と宜保さんは言います。それが今や日本が先進をいく森林医学の拠点の一つになろうとしているのは、この梼原の町に環境資源である豊かな森があるからに他なりません。
宜保さんは、森林環境がもたらす人の健康への好影響を、紙芝居形式でプレゼンテーションしてくれました。
<人が森林セラピーをすると、ココロと身体がどのように良い方向に変わるか>
リラックス効果
ストレス下の交感神経の緊張に従って上昇する唾液アミラーゼという消化酵素が下降する。
免疫力の活性効果
ガン細胞などを封じ込めるナチュラルキラー細胞が活性化する。
メタボリックシンドローム改善効果
血糖値が下がり、脂肪燃焼ホルモンが活性化して中性脂肪が減り、腹囲が縮む。
アンチエイジング効果
加齢に伴って低下するホルモンが上昇し、動脈硬化の主因でもある活性酸素の錆付きを回復する。
これらの効果を、実証検査に基づいた統計データとして示していただきました。
「実は、私たち医者も驚いたんですよ。これほどまでに歴然とした検査結果がでたので」
これらのデータが、森林セラピーが予防医療の役割を果たせる医科学的な根拠ある活動としての道を開きました。また、ユニークな点としては、アンチエイジング効果などは森林セラピーを体験した1ヶ月後でも、なお高い数値で持続することです。
都会の公園でも緑が多ければ同じ効果が得られるのですか。
「コンクリートの建物に囲まれたアスファルトを歩いても、セラピー的に効果はありません。緑の豊富な公園のウォーキングも効果はありますが、セラピーという観点ではそれほど高い効果は得られません。場所を変えるという転地効果が重要です。なにより、生活圏のストレスから解放されて、森林を五感で感じて、夜は良質な睡眠を取ることが効果を高めるには大切なんです」
WHO(世界保健機構)は、人口70億人の人類の5%にあたる3億5000万人を超える人々が、鬱(うつ)病などの精神疾患で苦しんでいるとの推計を発表(2012.10)しました。日本でも、患者数はこの10年で2倍に急増しています。
<森が持っているメンタルヘルスの分野での療養効果には、どのようなものがあるか>
実際に鬱(うつ)の方々の実証検査を実施したところ、不安や緊張の数値が下がり、一方でストレス耐性度が上がり、酸化コレステロール値が下がるという結果がでました。
2009年にINFOM (International Society of Nature and Forest Medicine)という国際的に森林医学を研究する学会が誕生しました。今後は、世界的なネットワークで森の力が研究され、人類的な課題を森が軽減したり、解決したりする動きが、より一層、活発化していきます。
「緑の多い地域で暮らす人は、健康なまま長生きするんですよね」
これはイギリスや日本で、市町村の死亡率と緑の関係が研究され解き明かされていることでもあります。森のお陰で病気しらず、医者いらずの梼原町は、癌による死亡率が低く、要介護の方も少なく、高齢者対象の医療費は、全国比で2/3程度で済んでいるそうです。
梼原町は、総人口に占める65歳以上の人口の割合を示す高齢化率は40%と、高齢者の多い町です。高齢化率の全国平均は23%で、これが年々上昇し、今から約50年後の2060年頃に日本の高齢化率は40%を超えると予測されています。つまり、日本全国が今の梼原町と同じ年齢構成になるということです。森の力が豊富な梼原町は、日本社会の理想的な、そして目指すべき未来の姿なのかもしれません。
良質な水と空気を生みだす森に包まれて暮らす人々は、日々、森がストレスを防いでくれて、森が生きる力を高めてくれます。身体にとっての健康なご馳走は、食べ物だけではありません。
「身体とココロが健康で長生きできると、笑顔も素敵になるんですよ」
目次へ移動 梼原まるごとクリニック
町長の矢野富夫さんに、梼原町の取り組みと森林セラピー事業の位置付けなどについてお話を伺いました。
「梼原町は、『22世紀に故郷と地球を繋げる町づくり』をスローガンに掲げています」
まだ21世紀が始まったばかりというのに、町のビジョンは壮大です。しかし、お話を伺って、町を取材してみると、そのビジョンがすぐそこにありそうな現実味を帯びてきました。
「梼原の森、風、土、光、水、そして人。この豊かな地域資源を活かしていく。活かすとは、持続可能な町の暮らしを実現する力に変えていくことです。例えば、地域資源を活用したエネルギーは、自然エネルギーという力になります」
現在、梼原町の自然エネルギーの自給率は28.5%。日本全体では約3%しかありません。これを2050年までに100%にしようという目標を設定しています。
その裏付けの一つに、町営の風力発電があります。太平洋側から吹きあがってくる風の通り道である四国山脈の尾根に建つ風車は、北海道についで発電のための風況に優れており、町の電気だけでなく、売電による自主財源の確保に貢献するプランが進んでいます。
その他にも、太陽光、地熱、水力、森林資源のバイオマスなど、地域資源の価値化がさまざまなレベルで推進されていて、そこに技術革新のスピードも織り込むと、目標達成の相当な前倒しが期待できるのではないでしょうか。
「地域資源を力に変えて自立していく。自立するとは、自分のところだけで完結することではありません。この考え方の基本に据えているのは、『共生』と『循環』です。近隣の市町村、四国地方、日本、周辺諸国、そして地球と共生し、循環させていくこと、この考え方で梼原町のあらゆる取り組みをデザインしていくことが大切なんです」
その考え方の中で、森林セラピーはどのような位置づけで取り組まれているのでしょうか。
「梼原の最も豊かな地域資源である森とセラピーという組合せで、共生と循環のためのコンテンツとサービスを作ることです。ただ、森の中にセラピーロードがあるだけでは、共生と循環は生まれません」
「『梼原まるごとクリニック』を実現するっちゅうことですよ」
矢野町長は、一際、熱のこもった土佐弁で語ってくれました。
「セラピーを行う森を中心にして、訪れていただいた方々に、地域資源をその人が喜ぶ価値に変えて提供するんです。地域で採れる旬のものを地域の人が料理して食べていただく、ライフサイクル・カーボンマイナス住宅という、建材となる材木の生産から家を建てて、人が暮らし、取り壊すまでのCO2を総てゼロにするモデルハウスに宿泊していただく、温泉に入っていただく、セラピーと連携した診療所でクリニックを受けてもらう。全戸に光ファイバーも引いてありますから仕事をしながら療養もできます、町まるごとで来町者を地域資源でもてなして健康になって帰っていただく。梼原町が日本の社会の中で価値を持つということはそういうことだと思います。その価値が持てれば、すなわち共生が実現し、人々がたえずこの町を訪れてくれる循環が生まれるのです」
森林セラピーを中心とした「梼原まるごとクリニック」は、町民全員が関われる取り組みとして位置付けられています。梼原町には、山間の過疎が進む町が「環境」にすがっているような印象は微塵も感じらません。逆に、町民全員が取り組んでいく熱気が感じられます。
「地域資源を活かした共生と循環で自立する町は、町民全員で作りたいと考えています」
梼原町で暮らす人々は約4000人です。住居の数は1800戸あまり。その4000人が全員参加して、森と共生する環境で町づくりに挑戦しています。町長の話を伺っていると、プランが発案されて、町民の方々と考え方を共有し、町全体(全員)で実行するスピードが驚くくらい早いと感じました。多様な価値観を許容する成熟した都市に住んでいる人間からしてみると羨望すら感じるほどに、自治行政と町民の距離が近く、一体感があるように思いました。「4000人という規模であれば、全員と顔見知りになることだって難しくありませんよ」と、町の役場の職員の方も言います。
目次へ移動 まろうどを迎える森の恵み
南国土佐の明るさなのか、梼原町は、会う人みなさん気持ちがいい。
梼原町には、遠方より訪ねてくる人を厚遇する「まろうど信仰」("まろうど"は、「客人」という漢字があてられます)が根付いています。松原地区の森林セラピーの活動の母体も、「松原まろうど会」という名称です。
松原地区の森林セラピーロードの起点に茶堂という歴史的な小さな建物があります。
土佐に多く残る茶堂は、日本の喫茶文化の源の一つと言われています。往来する旅人の持っている情報を仕入れたり、峠の人の出入りを監視したり、といった側面もあったそうですが、長歩きで疲れた脚を休めてもらって、茶菓でもてなす、開放された社交場です。
町長のお話を伺った町役場を訪れた時、これは大きな茶堂のようだと、そのオープンな造りに驚きました。町の森の木材で造った庁舎は、駐車場とアトリウムを仕切る壁面が飛行機の格納庫に使う大型のスライドドアになっています。気候の良い季節にはこのドアが開放されて、駐車場と一体となった町の広場に変わります。風を通すことで、建物自体のエネルギー効率も上がります。(CASBEE/建築物総合環境性能評価システムの最高ランクであるS評価が付いています)
豊かな森がつくる水と空気のために、地域資源の食材も美味しいものばかりです。松原地区の森林セラピーロードの起点に茶堂と並んで、森のパン屋さん「シェ・ムア」がお店を開いています。森林セラピーガイドの下元さんは「山遊亭」という民宿も営み、「セラピー弁当」も作ってくれます。民宿「かみこや」では、土佐和紙の紙漉き体験もできます。町内には、森林セラピーの拠点である「雲の上のホテル」や道の駅が併設された「マルシェ・ユスハラ」(その名の通り市場の中にある宿)など、森林セラピーに訪れる客人(まろうど)を迎えるバリエーション豊かな森の宿が揃っています。
目次へ移動 森林セラピーのブランドビルディング
再び、森林セラピーソサエティの河野事務局長のお話に戻ります。
森林セラピーソサエティが発足して5年が経ちましたが、その過程でみえてきた課題はありますか。
「全国にロードや基地が増えて、ガイドやセラピストも増えました。広報によって、ある程度の認知もされるようになりました。しかし、整えられた場は、利用者が集まっている都市部からは遠隔地にあります。ニーズがあり、意識は掘り起こせても、行動に結びつかない難しさを解決しないといけません」
河野さんは、梼原町の例は進んでいる方ですが、まだまだこれからですと言います。
「森林セラピーのブランド力を、人を動かすだけの競争力をもったレベルにまで高めていかなければなりません」
環境NPOの活動にブランドという言葉はストレートには馴染みませんが、真逆の競争相手はディズニーランドですといわれると、腑に落ちます。
「森林セラピーは、森を中心として地域の資源で構成されたヘルスケアエンタテインメントです」
遊園地のような刺激を強める方向を目指すのではないし、子どもを中心に考えたファミリーで余暇を楽しむこととも性格は異なるエンタテインメントですが、耳触りのよい大義名分だけでは人はわざわざ遠方より来てくれることはありません。
「梼原町のようにリーダーシップのある行政とか、町民の森に対する高い意識や人を受け入れる文化があるところは良いですが、ただ地域に森があるから、熱意があるからだけに頼ってしまっては、持続可能な活動には結び付きません。バブル期の地方に乱立したテーマパークのような末路になってしまいます」
森が、人を勘定に入れた持続可能な社会で役割を果たすために、森林セラピーの第2フェーズでは、大きく二つの方向での取り組みを推進していかれるそうです。
ひとつは、森林セラピーに関心を持たれる一般の方々を対象とした取り組みです。
それは、観光地とは違う価値観を提供するような森林セラピーロードの周辺施設やサービスの拡充を図り、地域のオリジナル性も十分に盛り込んでセラピーテインメントの力を強めることです。個人でセラピーのプログラムに参加しても、簡易な検査の実施などができるような医療施設との連携も望まれます。
もうひとつは、企業と連携した取り組みです。
この数年で、職場でメンタルチェックを行って問題を抱えている人には、企業がなんらかの改善への取り組みを提供しなければならない産業保健上の流れができてきました。その流れの受け皿として、森林セラピーを推進していくのです。梼原町でも企業や産業医との連携を深めて、ニーズのある人を受け入れる仕組み作りを進めていく計画と伺いました。
「企業の担当者や雇用する経営者に訴求力のある『森林セラピー』のモデルケースを作ることができればと考えています」
「人の命、健康が介在する仕組みを作るには、時間と手間がかかりますよ。森を育てるのと同じですね」
河野さんは、森の町、梼原で出会った人々と同じ屈託のない笑顔で話されました。
目次へ移動 取材後記
最終日に山間に降りだした雨は豪雨となり、飛行場で足止めとなりました。 ガラスに叩きつける雨をぼんやりと眺めながら、数時間前に歩いていた梼原の森が激流に洗われている様子を想像していると、二つのことが頭に浮かんできました。
ひとつ目は、
1965年に、パナソニック、かつての松下電器産業が、日本で初めて「週休2日」制度を導入したことです。これには、当の自社の労働組合ですら懐疑的でしたが、オリンピックが終わり戦後最大の不況が猛威をふるっていた折でも公言通りに断行されました。松下幸之助さんの信念は、単なる社員の待遇改善ではなく、増えた1日の休みを、教養を高めたり、健康な身体を作ったりすることにあてたらよろしい、それが個人だけでなく社会全体を向上させる結果に必ず結びつくというものでした。
会社は社会の公器であるとした松下幸之助さんならではの哲学です。一企業の試みが社会の仕組みを変えました。松下幸之助さんのように目先の損得勘定ではなく、社会の大局観を下敷きにして企業労働の仕組みを形作れる経営者が、企業活動と地続きの社会資本である「森」を組み入れて働くイノベーションを起こすことはないのでしょうか。
二つ目は、
1993年にスタートして20年目を迎えたJリーグ(日本プロサッカーリーグ)のことです。
Jリーグは「地域に根差したスポーツクラブ」を核としたスポーツ文化の振興活動を通じて、社会貢献を続けています。Jリーグを創った川淵三郎さんが選手時代に遠征で訪問したドイツのスポーツシューレという地域のスポーツ振興施設とその仕組みの素晴らしさに感銘を受けたところから夢が描かれたのは有名な話です。
ドイツは敗戦後、日本と同様に経済は壊滅的な打撃を受け、社会保障の財源がない状況で国民の健康のためにお金のかからないスポーツを奨励しました。その流れがスポーツシューレという地域の活性化につながっていきました。そのドイツでは、森林療法として森と健康を結び付けた活動が盛んです。大きな理由は、療養に社会健康保険が適用されることと、4年に一度、3週間の保養を行うことが法的に認められていることです。日本でも国土に広がっている森林という地域資源を、国民の健康に寄与する価値に変える大きな流れが実現できないものだろうか。
そんな思いを抱いて、飛行機に乗ったら、1時間で東京に到着してしまいました。
都市に着いてしまうと、森への想像力は低下し、「地続き」になりそうだったイメージがたちどころに乖離してしまいそうでしたが、変化は、少なからぬ地域で、確実に、そして元気に、起きていました。
関連URL
森林セラピーソサエティ
http://www.fo-society.jp/
梼原町の森林セラピー情報
http://www.fo-society.jp/quarter/chugoku/yusuhara.html
松原まろうど会のブログ「森のハナシ。」
http://matsubara-forest.blogspot.jp/
森林のブランドビルディングの参考書
『ソニーのふりみて我がふり直せ』
取材・文:小西健太郎(Think the Earth)
写真:山口倫之(Think the Earth)