「レジリエンス」はサステナビリティの次にくる概念として、ヨーロッパを中心に大きな注目が集まっている言葉です。2014年9月、レジリエンスをテーマにした「VISIONS Asia Resilience Forum 2014」がタイで開催されました。主催したのは、タイのチュラロコン大学と日本のNPOビーグッドカフェです。
近年多発する自然災害。いつ、自分の身に災害が襲ってくるかわかりません。
自然災害に備え被害を最小限にすること、そして受けた被害から立ち直れる社会をどう作っていくのか、つまり「レジリエントな社会」をどう作るかが、今後、世界のどの地域であっても重要な課題になると言われています。
そこで、「VISIONS Asia Resilience Forum 2014」を主催したビーグッドカフェのシキタ純さんに「レジリエンス」についてお話を伺いました。
(Text by Miwako Sasao)
目次へ移動 地球環境危機の時代 〜「予測できない」があたりまえ
最近の異常気象に驚いている方は多いのではないでしょうか。実際、台風26号による伊豆大島の土石流災害(2013年10月)や埼玉県越谷市での竜巻被害(2013年9月)、広島市の土砂災害(2014年8月)など自然災害の規模と頻度は確実に増しています。 ゲリラ豪雨や台風については、「またか」と言った感じで、もはや日常のニュースになっているように感じます。そんな中で起こった御嶽山の噴火(2014年9月)。一体誰が予測できたでしょうか? 登山者が山頂で撮った笑顔の写真をテレビで見た時、いつ自分や身近な人が自然災害にあってもおかしくない、ということを強く感じました。自然災害が身近になった今、私たちは何をすればいいのでしょうか。
これまで地球温暖化防止の政策として、温暖化効果ガスを削減しようとする「緩和策」が一般的でした。しかし、すでに異常気象が多発する中で、現在の状況にどう対応していくべきかを考える「適応策」の重要性が議論されるようになってきました。2014年3月に横浜で行われたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の会議の議題もこの「適応策」でした。リスク緩和からリスク適応へ移りつつある中で、レジリエンスという概念が世界中で注目を集めています。
2014年9月にタイのバンコクで開催された「VISIONS Asia Resilience Forum 2014」では、防災・減災や限界集落からの復活などをテーマに、アジア各国の様々な専門家が集まり、レジリエンスについて、3日間に渡る議論が展開されました。
このフォーラムを立ち上げたのは、ビーグッドカフェのシキタ純さんです。シキタさんは1990年からNPO法人ビーグッドカフェを立ち上げ、「持続可能な社会と平和」をテーマにアースデイ東京やエコプロダクツ展などでイベントの企画・運営を行っています。2006年から毎年開催していたエコビレッジ国際会議では、デンマークやイギリスなど世界中から持続可能な暮らし方を実践している人たちを呼び、エコビレッジという持続可能性のあるコミュニティ作りがどうやったら日本で実現できるかを議論してきました。
しかし、2011年3月11日の東日本大震災をきっかけに「自分たちの住む地域だけが持続可能であればいい」という考え方から、「日本全体を変えて行かなければいけない」という考え方に変わりました。シキタさんは沈滞している雰囲気の日本を新しいアイデアと事業プランで活性化する方法を考えていきたい! という思いからVISIONSという新しいフォーラムを立ち上げます。
「VISONS の最初の3年間は、ユニークなアイデアで限界集落や地域の活性化を実践している日本人(=豪傑)を呼んで、お客さんが豪傑たちのハウツーを学び、自分たちの地域でも実践してもらうことを目指していました。各地域で同じような成功例がたくさん増えたら、日本全体が活性化する。そんなことを考え始めた頃から気になっていたのがレジリエンスというキーワードだったんです」
限界集落がどう生き残っていくか。そして災害があった時に負けず、また立ち上がっていくコミュニティの強さ。シキタさんが追いかけていた地域活性と防災、2つのテーマに対して「レジリエンス」は最適な考え方でした。
目次へ移動 「レジリエンス」を求めてアジアへ
レジリエンスを直訳すると、「弾力性・回復する力・立ち直る力」など。使われる分野によって、表現も少しずつ違います。例えば、強風に吹かれた竹は、しなやかに身を倒して風をしのぎ、強風が過ぎれば元の姿勢に戻ります。この竹の動きを例にして、環境ジャーナリストの枝廣淳子さんはレジリエンスのことを「しなやかな強さ」と表現していますし、シキタさんは「めげずに、いきいき生きていく力」と話してくれました。
元々は生態学で使われていた言葉ですが、今では心理学や土木工学、経済学などの様々な分野でその重要性が議論されています。特に日本では、精神的レジリエンスについて注目が集まっていて、「どんな逆境からも立ち直る『レジリエンス」の磨き方』という記事が日経WOMANに掲載(2014年10月号)されていたり、「困難な状況から立ち直る力を備えた人=レジリエンスな人材」など、ビジネスマンのリスク対応能力やセルフ・マネジメント能力のひとつとしても使われているようです。
一方ヨーロッパでは、サステナビリティに変わるキーワードとして「レジリエンス」への関心が高まっています。サステナビリティは理論上にあるたったひとつの均衡点をみつけようとする(静的な)発想であるのに対して、レジリエンスは、常に変化する自然の性質にかなった(動的な)発想で、現実的な方策を提供できる概念だと考えられています。
いざという時のためにしっかりと備える一方で、災害が起きてしまった時に、既存のシステムや備蓄に頼りきるのではなく、状況に合わせた方法で個人・地域が回復を目指す。そんな社会の在り方を「レジリエントな社会」と呼んでいます。
気候変動や災害復興というグローバルな問題に対してレジリエンスを考えるためには、国境を越えて問題と向きあうことが必要です。「VISIONS Asia Resilience Forum 2014」の開催地はタイ、そして次のフォーラムはインドネシアを目指すシキタさん。シキタさんは常にグローバルな視点で、日本の未来を考えています。
「20年前だったら、日本の中だけで考えていればよかった。でも今は世界中で色々なキープレイヤーが生まれています。我々は日本にいるだけじゃなく、世界の様々な場所に出かけて、キープレイヤーたちとつながることが以前にも増して重要です。まずは近くのアジアから世界へ、グローバルな視点は持ち続けたいと思っています」
タイでの自然災害と言えば、2011年に大洪水が起こり、バンコク北部のチャオプラヤー川流域が甚大な被害にあいました。世界銀行によれば、この災害による経済損失額の大きさは、東日本大震災、阪神・淡路大震災、ハリケーン・カトリーナに次ぐ史上4位と言われています。日本と同じく大きな災害の経験をしたタイの危機感はとても高く、レジリエンスの研究をすすめるタイのチュラロコン大学と共に「VISIONS Asia Resilience Forum 2014」を開催することになりました。
フォーラム1日目は学術的なアプローチでのレジリエンスについて。日本の総合地球環境学研究所の谷口誠教授がキーノートスピーチを務めました。
「人間にとって最も重要な資源である水、食べ物、そしてエネルギーの需要は、人口増加や私たちのライフスタイルの変化によって、今後さらに増加すると考えられます。さらに、生物多様性の保全や災害対策、都市の低炭素化など、議論すべきことがたくさんあります」
その後、各国の研究者が自国の課題提起が続きます。例えば、タイでは出生率がどんどん下がっている現状にあるし、インドでは2014年の9月に大洪水が起きたばかりでした。実際に自然災害で多くの人が命を落としています。この状況を解決するためには、学術的な枠組みを超え、地域でプロジェクトを実践しているNGOやNPO、コミュニティリーダーなど様々な領域の専門家が知識を共有し恊働することがとても重要である、と繰り返し強調されていました。
2日目は実際に地域に根ざし、災害を克服したり、限界集落を活性化させたりしている実践者や、数々のITテクノロジーを活用した事例が発表されました。
日本からは、大阪・中崎町にあるカフェ「Salon de AManTo 天人」でコミュニティづくりをするJUNさん、岡山県の耕作放棄地で棚田の再生を始めたNPO法人英田上山棚田団の西口和雄さんの活動報告や、「発展途上国×防災・減災」がテーマのハッカソン「Race for Resilience」代表の古橋大地さんからは、今年開催されたハッカソンで開発したアプリが発表されました。この日、最後のパネルディスカッションでは、各国のスピーカーが集い、レジリエントな社会を作っていくために今後どのように連携していくのか、実現の道を探りました。
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オープンストリートマップとレジリエンス
そして3日目はバンコクから車で1時間程度の郊外の村、パチュンタ二へ移動し、参加者全員でフィールドワークを行いました。この日、モデレーターとなったのは、オープンストリートマップ・ファウンデーション・ジャパン副理事長の古橋大地さん。洪水対策として全長22キロの運河を張り巡らした農村を見学した後、古橋さんは参加者にこんな質問を投げかけました。
「みなさん、自分が今地図のどこにいるかわかりますか?」
移動バスの中で手渡された地図は大きく4つに分類されていて、特徴のあるものは見当たりません。おまけに土地勘もない場所で自分がどこにいるのか把握するのはとても難しい。そのことを参加者全員が実感しました。
紙とペンを持った参加者は、まわりにある建物や電柱、道などの情報を地図に書き入れていきます。現地で取得した情報は、あとから「オープンストリートマップ」に入力します。「オープンストリートマップ」とは、ネット上でみんなでつくるフリーの地図です。PCやスマートフォンなどのインターネット端末があれば、誰でも簡単に地図を閲覧・編集することが可能で、自分の作った地図を世界中の人と瞬時に共有することができます。2004年にイギリスで誕生して以来、オープンストリートマップの登録者数は年々増え続け、その数は180万人(2014年10月時点)にのぼります。
地域の防災を考える上で、地図はとても重要な情報です。震災が起こった時に、現地の正確な情報を知ることができれば、被害の把握と低減に役立てることができます。日本は東日本大震災後、現地からオープンストリートマップを使ってたくさんの情報が集まったそうです。
マッピングの基本を体験した後は、古橋さんによるマッピングのデモストレーションです。360度撮影カメラGigaPanや無人飛行機ドローンなどの最新のIT技術を駆使して、より正確な空間情報を取得することが可能になっています。ドローンを持ってみると、その軽さにびっくり。機体も簡単な組み立て式です。小さな機体にカメラを装着し飛び立たせた瞬間、参加者のみんなの歓声が湧き上がりました。1・2日目とは打って変わった3日目のプログラム。どんな意図があったのでしょうか。
こうしたマッピングの技術が発展することで、火災や水害が起こった際に、人が立ち入れない場所の状況を知ることができます。また、地図が古い情報のままだと、災害時にあるハズの逃げ道がなかった! など地図が生きる・死ぬを左右する可能性もあります。簡単に誰もがリアルタイムで地図を編集できるオープンストリートマップは、まさにレジリエントな仕組みを兼ね備えているツールのひとつだと思いました。
目次へ移動 IT×レジリエンスが面白い
シキタさんは2014年2月に開催された「発展途上国×防災・減災」がテーマのハッカソン「Race for Resilience」がきっかけで、古橋さんやハッカソンに参加するプログラマー・エンジニアの人たちと出会います。そこでITの力を活用したレジリエンスの面白さに惹かれていきます。
「レジリエンスの意味は広く、学術的に研究している人、現場で実践している人、いろんな立ち位置の人がいる。じゃあ我々の立ち位置はどこか考えてみると、もともと取り組んでいた限界集落の再活性化、ということも含めて、地域で災害があった時にITでできることを追求したいと思いました」
ハッカーの人たちはアプリを作ることはできるけど、それを被災地に持って行ってブラッシュアップする、ということは今まで実現できていませんでした。そういった意味で3日目のフィールドワークは、まさに現地のニーズとハッカーの技術を現場でつなぐことに挑戦したプログラムでした。アプリを使う側と試作する側の溝を埋めるのはすごく大変な仕事ですが、こういった地道な活動通じて、実際に災害が起こった時に役に立つアプリが生まれるのだと思います。
「例えば、僕らが災害現場で一緒に汗を流そうと言っても、ピースボートのようなプロフェッショナルなNGOにかなわない。また、学術的なことを突き詰めようと言っても限界がある。僕らの役割は、やっぱりつなぐこと。行政や大学などと連携できる仕組み作りだと思うんです。そこを一生懸命やらなくちゃいけない。そういう意味ではアジアに出かけて行って、どううまくつなげられるのか、を考えています。掲げたテーマが大きいので、いろんな分野の人と手をつないでいかないと難しいだろうと思っています」
目次へ移動 課題先進国から課題解決先進国へ
日本はこれから人口が減少し高齢化社会を迎えます。少子高齢化や年金問題、地方の衰退と都市の人口増加、そしてエネルギー問題・・・。日本は数えきれないほどの問題をかかえる課題先進国です。でもそれは言い換えるならば、課題解決先進国になる可能性がある、ということです。いずれ他の国でも日本と同じような課題に直面することは間違いなく、世界に対して、日本がいい先進事例を作れるチャンスだと、シキタさんは考えています。
「まち・ひと・しごと・創生本部」をご存知でしょうか。これは地方再生に向け、安倍内閣が2014年に新しく発足させた組織です。政府が動き出すずっと前から限界集落の解決や地域活性化に力を入れていたシキタさんは「やっと風向きがこっちに来た!」と感じると同時に、これからの数年、一番重要なトレンドになると予測しています。
「2013年の8 月から仕事で全国水源の里連絡協議会の事務局サポートをしています。そこは全国の限界集落の首長170人が集まっている協議会です。最初はここで自分が何をすればよいか、ずっとわからなかった。そんな中で、元総務相の増田寛也さんが『2040年には896の市町村が消滅する』という、消滅可能性自治体についての衝撃的なレポートを発表して、この業界は大騒ぎになっています。そこで今、全国水源の里連絡協議会会長の山崎善也綾部市長と共にある企みを考えています。増田さんが消滅するとした896の市町村と、全国水源の里連絡協議会が一緒になると限界集落が1000を超えるんです。そこで1000人の首長たちを集めて「俺たちは消滅しないぞ!」という動きを作りたい。これが実現すれば、すごいムーブメントになると思うんです。そのために2015年から首長の勉強会を始めようと考えています。総務の係長など代理の人では絶対にだめです。首長自らが来て、すでに地域活性に成功した豪傑たちの「こんなことができるんだ!」という事例を見せていきたい。他の人ができなくて、僕らができることは、もしかしたらそんなことかもしれない。そう思っています」
目次へ移動 生き残るのは、変化できる者
「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である」 これは、進化論を唱えたダーウィンの有名な言葉です。この一言に、今レジリエンスの必要性が明確に言い表わされていると私は思います。
「次は2015年の3月14日から仙台で始まる国連の世界防災会議にむけて、また新しいことをやりたいと思っています。ひとつは、世界中の人が集まるレジリエンス報告会。もうひとつは、防災について、今のITがどう使えるかのハッカソンをやりたい。そこには、フィリピンやインドネシアなど自然災害が多い
地域のNGOに参加してもらって、生の声を日本のエンジニアに伝えてほしい。まだ仮ですけれど、アジア・レジリエンスフェスというちょっと楽しそうな名前を考えています。」
絶えず変化する環境の中で、人間はどうやって生き残っていけるのか、ということを真剣に考える、もう待ったなしの状況がすぐそこまで迫っています。環境問題は次の世代に向けての問題ではなく、今生きている私たち自身の問題です。このことを一生懸命説明しても、きっと、言葉だけでは伝わらない。気づいた人が、やってみせていくしかありません。シキタさんは世界中の人に会いに出かけ、新しい道を切り開き、失敗をしても決してめげません。絶えず、課題に立ち向かっていくその姿こそ、まさに私たち個人が目指すことのできるレジリエンスな社会を構築するひとつのお手本になるのではないでしょうか。歩みを止めず、歩き続けるシキタさんをこれからも応援していきたいと思います。
参考サイト:
ビーグッドカフェ(http://begoodcafe.com)
VISIONS ASIA(http://visions.asia)
オープンストリートマップ(http://www.openstreetmap.org)
取材・文・写真:笹尾実和子(Think the Earth)
編集:上田壮一(Think the Earth)