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環境×観光×地域=エコツーリズムの方程式|地球リポート|Think the Earth

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地球リポート

from コスタリカ vol. 38 2008.02.06 環境×観光×地域=エコツーリズムの方程式

南北アメリカ大陸をつなぐ中米地域。地図で見ると、両大陸を結ぶ細長い橋のようにみえるこの地域に、コスタリカという国はあります。1949年に国軍の廃止を決定して以来、「軍隊を持たない国」という代名詞が定着しています。加えて最近は「エコツーリズム先進国」と称されることも増えてきました。自然豊かな観光名所は世界各地にある中で、人口わずか430万人の小さな国・コスタリカがなぜ“エコツーリズム”で名をあげたのでしょうか。国内でもその先進地として知られるモンテベルデを訪ね、地域参加型で行われる観光と生物多様性保全の共存を見てきました。

目次へ移動 エコツーリズムを目指すまで

北はニカラグア、南はパナマと国境を接し、カリブ海と太平洋に面した美しい海岸線をもつコスタリカ。四国と九州を合わせたより少し小さい5万1,100平方キロの国土のうち、約4分の1が国立公園や自然保護区に指定され、地球上の全生物種の5%にあたる約8万7,000の種が生息する、まさに生物多様性の宝箱のような場所です。

移動中のバスの窓から見た牧歌的な農場風景

16 世紀初め、スペイン人がこの地に上陸したとき、国土の99.8%は森に覆われていたといわれています。1838年にコスタリカとして独立後、19世紀後半からコーヒーやバナナの栽培が盛んになり農地開拓が進んだ結果、1950年には森林の4分の1がなくなり、1950年から85年までの急激な人口増加と牧畜のための農地開拓、産業化によってさらに約半分が失われてしまいました。

ちょうどその頃、世界的な自然資源保護の動きの中で欧米のNGOや科学者たちが世界でも希少な生態系をもつコスタリカに注目。保護活動に乗り出します。コスタリカ政府も、国際価格の変動に左右されやすいコーヒーやバナナなどの輸出産品だけに偏らない安定した経済基盤を築くために、豊かな自然・生物多様性を目玉にしたエコツーリズムを推進。自然資源の保護+観光業の成立+地域経済振興の融合をめざした国づくりを進めてきました。そして現在、コスタリカはエコツーリズムを楽しめる観光地としての地位を確立し、海外からの旅行者数は国内人口の3分の1を超える190万人(2007年)にも達しています。

目次へ移動 霧深いモンテベルデ

サンタエレナのメインストリート

首都サンホセから長距離バスで約5時間。途中、舗装されていないデコボコ道にゆられながら半日がかりで、モンテベルデの入り口、サンタエレナの街に着きます。ちなみに、モンテベルデというのは街の名前ではなくこの地域一帯の総称で、多くの観光客が起点とするのが、山あいの街・サンタエレナです。

この地がエコツーリズム先進地といわれる所以は、1950年代にさかのぼります。当時、朝鮮戦争の兵役を拒否した、キリスト教の一派であるクエーカー教徒たちがアメリカからやってきて、ここをモンテベルデ(スペイン語で「緑の山」という意味)と名づけ、住み始めました。私がモンテベルデで出会った人々の多くが、この森が守られた理由のひとつに、クエーカーの人たちの存在を挙げていました。彼らは牧畜を行う一方で原生林の一部は開拓せずに残していったのです。

さらに、モンテベルデを世界的に有名にしたのは、オスアカヒキガエル(Golden Toad)という、当時ここだけに生息していたカエルの発見でした。これによって、60年代後半から70年代にかけて世界中の生物学者やNGOがやってきて調査を行った結果、モンテベルデにある世界的にも貴重な*熱帯雲霧林に、オスアカヒキガエルだけでなく、希少な生物を多く含む豊かな生態系が存在していることがわかり、この場所一帯を保全しようという動きが一気に広まったのです。

*熱帯雲霧林とは 標高の高い熱帯地域にあり、年間を通して深い霧がたちこめ100%近い湿度を保っている森です。熱帯という名前に誘われて灼熱の太陽を想像して訪れると、その期待が見事に裏切られ寒さに震えることになります(平均気温は15-22度)。熱帯雲霧林の特徴のひとつは、その豊かな植生にあります。湿度が非常に高いので、空気中から水を吸ったランの仲間やアナナス類(パイナップル科の植物)、菌床類、コケ類などの着生植物が、木の幹にびっしりと生えていて、森の上にさらに森が重ねられているような深い緑が印象的です。

モンテベルデで見られる植物の種類はなんと3,000種。そのうち500種以上はランの仲間です。

目次へ移動 地元専門学校の父兄が運営 - サンタエレナ自然保護区

モンテベルデには「モンテベルデ雲霧林保護区」「子ども達の永遠の森」という代表的な保護区があり、それぞれ民間の研究機関やNGOが管理・運営しています。そして、もうひとつ忘れてはならないのが「サンタエレナ自然保護区」。地域コミュニティが管理する自然保護区のさきがけとして知られています。スタッフのギレルモ・バルガスさんにお話を伺いました。

サンタエレナ自然保護区の入り口。この奥に深い森が広がっています。

サンタエレナ自然保護区スタッフのギレルモさん。モンテベルデ出身です。

この保護区の成り立ちを教えてください。

1970年代、この土地は教育省の管轄で、サンタエレナ技術学校の生徒が農業実習に使っていました。当時、モンテベルデはまだ今のような観光地ではなく、観光客が訪れる森はモンテベルデ雲霧林保護区だけで、ホテルも一軒しかありませんでした。 その後、1980年代中頃にエコツーリズムが盛んになってきたとき、学校関係者が「ここでもモンテベルデ雲霧林保護区と同じように、観光と森林保全を両立させる事業としてエコツーリズムができないだろうか」と考えたのです。そして、89年に3人のメンバーが自然保護区の運営を始めました。ひとりが受付、ひとりが遊歩道の管理、ひとりがガイドとして。当時のガイドは、今でもここで働いてますよ。 92年に正式オープンした後、土地の管轄が教育省から環境省に変わりましたが、管理・運営は学校の父兄から選ばれる実行委員会によって行われています。毎年、父兄から7人が委員に選ばれ、うちひとりが代表を務めます。ちなみに、政府に支払っている土地使用料は、旅行者ひとりあたり1ドル。つまり保護区の入場料(大人:12ドル、学生:6ドル)から各1ドルだけを政府に納め、残りは活動資金に充てられるのです。 現在、保護区の収益の50%が学校の運営に、40%が保護区の整備に、10%が小学生への環境教育に使われています。

サンタエレナ技術学校は街の中にあり、サンタエレナ自然保護区の案内所にもなっています。

目次へ移動 子どもたちに森の大切さを伝える

小学生への環境教育は、どんなことをやっているのでしょう?

年に一回、各校の生徒を保護区に招待しています。交通費、入場料、食費など無料です。そして、ガイドツアーをしながら、我々がこの地域一帯を保全していること、動物たちを殺さないでいることなど、この地域を守る意味を伝えています。子どもたちは、お土産にTシャツをもらって喜んで帰っていきますよ。そして、どうしてこの地域が重要で、観光客を惹きつけるかを理解します。 また、各校に出かけて行って、環境についての授業をするスタッフもいます。このプログラムは、モンテベルデ雲霧林保護区と子ども達の永遠の森、フロッグポンド(カエルの展示館)、コスタリカ政府環境省と恊働で行っています。私有の自然保護地区同士が恊働してこのようなプログラムを行っているのは、コスタリカの中でもここだけです。

「もうひとつ、保護区同士で協力していることがあります」とギレルモさん。各保護区で研究者や学生が行う研究報告は必ず2部作成され、他の保護区のスタッフが共有できるようになっているのだとか。研究成果が共有されるので、この地域全体の生態系保全がより有効に行われるのです。

目次へ移動 世界中からインターンやボランティアを受け入れ

ボランティアの受け入れも積極的に行っていますね。

ボランティアの多くはコスタリカの学生ですが、海外からも来ます。通常3-6ヶ月滞在する場合が多いですが、1年いる人もいるし、1週間だけの人もいます。学生はいつでも歓迎ですよ。

例えば、私がボランティアをしたかったらどうやって参加するのですか?

こちらに電話して、いつからいつまでボランティアをしたいか伝えればいいのです。そうしたらホームステイ先を紹介するので、そこに1日10ドルほど宿泊費を払えば、あとは毎日バスに乗ってここに来て、スタッフに付いて仕事をすることになります。

スペイン語を話せないとダメですね。

そんなことないですよ。ボランティアをしながらスペイン語を習う人もいますから。言葉は問題ではないです。例えば5年くらい前、日本人のボランティア5人と一緒に作業をしたことがあります。彼らはスペイン語はおろか英語も話しませんでした。でも私たちはトレイルで一緒に作業をしてたんです。コミュニケーションはボディランゲージだから、なかなかおかしかったですよ。もしハンマーを探してたら、ハンマーを振り上げるジェスチャーをしたりして...(笑)。

ここには、全国から学生が授業の単位を取るためにやってくるとのこと。その中から訓練を受けてガイドになる人もいるそうです。

年間を通じて気温差がない森の木は、成長のスピードが変わらないため年輪がありません

緑が濃い森の中で、黄色い体が目立ちます。ガイドツアー中ではなかったので、名前は残念ながらわかりませんでした

目次へ移動 ご近所さんのサクセスストーリー

ここで観光業を営む人たちは、モンテベルデの生態系の重要性や価値を理解していると思いますか?

理解度は人それぞれだと思います。でも、ひとつ良かったことは、以前農場をやっていた人たちが観光業を始めたことで、森が切られなくなり再生したことです。もちろんジップライン(ターザンのようにケーブルを使って木から木に飛び移るアトラクション)など、観光施設のために一部の木を切ることはありますが、森は確実に戻って来ています。また、誰かが病気の動物を見つけたら、私たちに電話がかかってくるようになっています。人々は、積極的にここを大事にしようとしていると思います。

モンテベルデは、住民のエコツーリズムに対する意識が他の地域より高いように感じるのですが。

ここの良いところは、地域が活動にコミットしていること。海岸沿いの観光地に行くと、ホテルのオーナーがアメリカ人・ドイツ人だということはよくありますが、モンテベルデのビジネスは、80%が地元の人たちによるものです。ホテルのスタッフが「サンタエレナ自然保護区にはうちも関わってるんだ」と、言ってくれるんです。

例えば、サルバチュラ(Selvatura)は、この辺りで最も大きなツアー会社ですが、オーナーは30年前、チーズ工場の一労働者だったんですよ。スカイトレック(Skytrek)の経営者も地元の人です。彼らは決して裕福ではなかったのですが、銀行からお金を借りて小さな土地を買い事業を始め、今ではとても成功しています。みんな、高校にも行ったことがない人たちなんです。また250近くあるホテルは、数件を抜かしてすべて、地元の人が経営しています。おそらく最初は小さな建物から始めたのだと思いますが、いまや、大きなホテルもいくつかあります。

モンテベルデでは、自然資源=地域の観光資源であるということを多くの人が身をもって(自分の仕事に関わることとして)感じているのですね。そして、子どもの頃からそれを伝えるしくみがあることで、受け継がれている...ここがエコツーリズム先進地と言われる理由がわかった気がします。

サンタエレナ自然保護区のビジターセンターと、その床下がお気に入りの野生のイノシシ

目次へ移動 ベテランガイドが語るエコツーリズム

宿泊先のホステルのオーナーの「自然保護区を歩くならガイドツアーがおすすめ」というアドバイスに従い、サンタエレナ自然保護区でガイドツアーに参加してみました。ガイドをしてくれたのは、この道11年のベテランガイド、デイヴィッドさん。わかりやすい説明と豊富な知識で、3時間という長さを感じさせないツアーを楽しんだ後、お話を聞きました。

フリーで自然保護ガイドをしているデイヴィッドさん。彼も地元モンテベルデ出身。望遠鏡でないと見つけられないような小さな花や生き物を次々と、私たちに見せてくれました。

目次へ移動 まとまりを欠いた5人の観光客より、統率とれた100人のグループを

モンテベルデでは、1度に保護区に入れる人数を制限して、生態系に配慮をしています。サンタエレナ自然保護区は、1度に100-150人までと決められています。

これ以上たくさんの観光客が来ると、観光と生態系保護のバランスを保つのが難しくなると思いますか??

私は、秩序のない5人組より、きちんと組織された100人のグループの方が好ましいと思っています。大事なのは来た人にどう伝えるか、森についてどんな情報を提供するかです。今朝、私は皆さんにトレイル(遊歩道)を外れないように言いましたよね。同時に、きちんと理解してもらうために何故そうする必要があるのかも伝えました。この場所を保全するために、重要なことを辛抱づよく言い続ける必要があるのです。

目次へ移動 ライフルを望遠鏡に持ちかえて

エコツーリズムの定義は何だと思いますか?

エコツーリズムとは、地域の人々の手によって地域の保全を行いながら観光を成立させることだと思います。地域の人々を巻き込まずに、それはできないと思います。そうしないと、お金を稼ぐことだけが目的の人が外からやってきて、森から大切な資源を奪ってしまうからです。これまで、地域の人が参加せず、ある特定の人だけで運営されている観光地をたくさん見てきました。そういう場所では、森から動物を捕って売る人たちや、不法伐採をする人たちがいるのです。もし、みんなを巻き込んでいれば、違う解決方法が導き出せるのです。モンテベルデで工夫したことのひとつは、森林を保護する上で最も問題だった猟師を公園のレンジャーにリクルートしたことです。猟師たちはレンジャーになることで、より良い給料を保証されました。もともと彼らは森を知り尽くした人たちですから、まさに適任だったわけです。いまや、レンジャーの多くが元猟師なんです。これもエコツーリズムの特徴だと思うのです。

私たちのガイドをする傍ら、デイヴィッドさんはガイド見習いの若者にスペイン語でいろいろレクチャーをしていました。いつかは彼も立派なガイドとなって観光客を案内する日が来るのだろうなと思うと、モンテベルデの未来が見えるようでした。

前日に降った大雨の影響で溝にはまって道を塞いでいるバス。やむを得ず、ここから徒歩で保護区の入り口に向かいました。生態系保全のため、道は舗装されていません。

目次へ移動 もちろん全てが理想的なわけでは... 住民<観光のアンバランス

モンテベルデの先進事例がある一方、コスタリカの国内には、観光と環境、地域のくらしが必ずしもかみ合っていない例はあります。モンテベルデ以外の地域でもガイドをしていた経験があるデイヴィッドさんも、現在の状況を憂慮しています。

ユネスコの世界自然遺産にも指定されたグアナカステは、あまり水が豊富にある土地ではありません。でもホテルにはジャグジー付き、バスタブ付きの部屋があります。もちろん、旅行客は土地の水事情を知りませんからバスタブやジャグジーにたっぷりお湯をためてお風呂に入ります。そうするとホテルが街の水を全部使ってしまい、住民の使う水が不足してしまうことになるのです。 おそらく、今後15-20年、あるいはもう少し短いスパンで、こうした水やゴミの問題は大きくなると確信しています。こういったことは、コスタリカだけでなく、世界のどこでも起こっていることですが・・・

自然豊かな観光地を訪れる時、そこの環境や人々のくらしを壊したいと思っている人はいないはず。見えないところでひずみが生じているかもしれないということを、ちょっと想像してみる瞬間があると良いのではないでしょうか。

首都サンホセからも近く、多くの観光客でにぎわうマニュエル・アントニオ国立公園

目次へ移動 エコツーリズムは一日にしてならず

モンテベルデを訪ね、そこで仕事をする人たちと話をしてみて、エコツーリズムには欠かせない環境保全と観光開発の両立、そして地域の関わりが見えてきました。と同時に、コスタリカがこれまで積み上げてきた国づくりがあったからこそ、モンテベルデのような事例が生まれたのだと感じます。軍隊を廃止し、そのぶん国の予算を教育に注いだ結果、読み書きのできる人材・外国語が話せる人材が育ったから、若者が地元の観光や自然保護の仕事に就くことができたこと。平和外交で各国との関係を良好に保ち、また軍事クーデター等の心配もなく民主的な選挙制度を取り入れ政権が安定しているので、観光客が安心して旅行できること。そして、憲法に環境権を明記し、環境基本法、森林法、生物多様性法などの法整備を進め、国際的なNGOの参加も得ながら生態系保全のための政策を推進していること。それぞれの要素が、この国にエコツーリズムを育むために必要な要素なのです。

解決していかなければならない課題もまだまだあるとは思いますが、コスタリカがこれからもエコツーリズム先進国としてチャレンジを続けていく姿を見守っていきたいと思います。

『Lend a hand to Nature~自然のために手を貸してください』 - あまった外貨を寄付するために設置された空港のチャリティボックスも、自然保護を呼びかけています



取材・執筆・写真:原田麻里子(Think the Earthプロジェクト)

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